復讐4
まだ息のある母親とその恋人の死骸をそのままにして、私は部屋に火をつけた。
動けない母親が必死で這いずって玄関の方へ行こうとしているのを蹴飛ばして、部屋の奥の方へ戻した。それから手足を縛っていた長い布を取ってやった。手が自由になった母親は何か唸りながら私を殴ろうとしたけど、逆にバットで殴り返してやった。
母親は獣みたいな声を上げて、また倒れた。
安普請のアパートはあっという間に燃えた。黒い煙があがって、倒れた母親の咳き込む声がしたけど私はそのまま外へ出た。
外にはすでに野次馬が集まって来ていて、遠くの方で消防車の音も聞こえた。
私は泣きながら外へ飛び出し、近所の人に助けられた。
「お母さんといつも家に来る男の人が喧嘩になって…お互いに殴ったり、蹴ったりしてました。最後にお母さんが怒って、灯油をまいて火を…それが自分に燃え移って…」
と私は言った。
どこまで信用されたのかは分からない。
別に信用されなくてもよかった。
ただ、あの母親から自由になれたってだけで私は嬉しかったのだ。
安普請のアパートはあっという間に燃え落ちて、母親の遺体は真っ黒焦げだった。私がハサミで切った瞼も、先に顔だけ焼けていたとかも、特には追求されなかった。肌はもうぼろぼろに焼けただれてしまっていたから、区別がつかなかったのかもしれない。
警察で見せられた遺体に、私は「お母さん!」とすがりついた。
形は人間だが、真っ黒で炭だった。すがりついて、拳でどんどんと叩いてやった。
ぼろぼろと炭が崩れ、その下には白い骨が見えた。
白い骨もぼろぼろですぐに崩れた。
アル中で喫煙者で不摂生な生活をしていた中年女だ、身体も悪くしていたに違いない。
私は泣きながら母親の身体をがしがしと崩してやった。
誰かに止められるまで。
二つ年下の弟と会ったのはそれが最後だった。
私は施設へ入る事になり、弟は誰だか知らないが奇特な人に引き取られる事になった。
「ねえちゃん」とアキラが言って、私は、
「じゃあ、元気でね」と答えた。
アキラは泣いていたと思う。
それが母親を亡くした悲しみか、私と離れる寂しさかは分からない。
私はアキラと離れられる事が嬉しくてしょうがなかった。
母親にとって私は搾取用の子供だが、アキラは愛玩用の子供だったからだ。
私とアキラは父親が違う。アキラは父親に似ているらしく、母親は弟を溺愛した。
金の為に娘の子宮を売る様なクズだったが、アキラにはおいしいものを食べさせて、不自由をさせなかった。
ただ、アキラは母親を殺したのは私だと知っていた。
だから最後のお別れの時に、たった今まで泣いてたくせに、
「どうしてもうちょっとうまくやんねえんだよ。金が全部燃えちゃったじゃん。全く、使えねえな。でも助かったよ。あのばばあ、俺の上にのっかってきやがって、気色わりぃ」
と耳打ちしてきた。
「よく言うよ。自分一人だけいい物食べて大事にしてもらって」
「ふん、まあ、もう会うこともないだろうけど? がんばれよ、ねえちゃん」
「アキラもね」
「子供生めないの決定だって? 嫁にもらってくれる奴もいないだろうから、手に職でもつけたら?」
どうしてこいつも一緒に殺さなかったんだろう、と思った瞬間に、アキラは後へさっと身をよけた。
「やべ~、側にいたら殺されちゃう」
そして、けっけっけと笑いながら去って行った。
別に弟の事を嫌っていたわけではない。嫌うほど一緒に育ってないからだ。
弟は見目がよかったから、母親はいつでも連れて歩いていた。自分が若い恋人と旅行に出かける時には、弟だけどこかへ預けていた。そこで十分な世話を受けていたのだと思う。
いつだって綺麗な服を着ていたし、空腹になった事なんてないみたいだった。
うらやましいとか妬みはあったから、弟にはつらくあたった事もある。
そして、おねえちゃん、おねえちゃん、とついて歩きたがっていたチビが、いつの間にかすかした顔でいわゆる不良少年になってしまっていた。
私よりましじゃない、とずっと思っていたが、今となってはアキラの方がつらかったのかもしれない、と思う時もある。
あの母親に溺愛されて四六時中まとわりつかれていたなんて、ぞっとする。
あの日、別れてからアキラには会っていない。どこで何をしているのかも知らない。
生きているのかも分からない。私が殺人鬼として生きているように、アキラもろくでなしの人生を送っているに違いないだろう。