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チョコレート・ハウス3  作者: 猫又


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殺人鬼VS芸術家6

 ドレスコードはないらしく、迷彩のパンツにコンバットブーツといういでたちでも入場は断られなかった。

 大広間へ場所を移して、優雅な音楽が流れている。

 女達は派手なドレスを着ていたが、売れない女優の卵かキャバクラ嬢でも雇っているのだろう。ボディガードがいなくても山吹の周囲は人だかりで盛況だった。

 黒服のボーイがトレーを持って忙しげに客の間をカクテルや材料が何か分からない肉の塊を運んだりしていた。

 フロアには音楽に合わせて踊る年配のカップルもいたし、食事を楽しむ若い恋人達もいた。何故か、みんな幸せそうだった。

「どーする?」

 とアキラが言った。

「竜也さんは?」

 アキラは肩をすくめた。

「どこに行ったの? 知ってるんでしょ?」

「どっかの部屋に女の子連れ込んでるんじゃねえ?」

 とアキラがにやにやしながら言ったので、私はアキラの右腕をアイスピックでずぶっと刺した。

「いってえな!」

「どこに行ったの?」

「エイミがデザート作ってくれって言ってたぜ。厨房に連れて行かれたんじゃね?」

「本当にあんたの彼女はあつかましいわね」

「彼女じゃねえし」

「違うの?」

「エイミは……面倒くさい女だから。節操もないし」

「節操のない女は駄目よ。それだけでも殺すべきだわ」

「だよなー」

「それで、私に殺させようって魂胆なのね? 自分でやりなさいよ」

「それがさー、まあ、殺ったら分かるよ。殺りたいけど、殺れない理由」

 とアキラは私の肩をぽんぽんと叩いた。

「何よ、それ。まあ、いいわ。ちょっと山吹と話してくる」

 私は山吹の方へ足を進めた。


 私は背が小さい。少し厚いコンバットブーツを履いていても人並み以下だ。

 アキラは背が高い。私達は異父姉弟だ。

 という事は、私の父親は背の低い男だったと想像できる。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 山吹の周りに群がる女達を押しのけるには力がいる。

 毒蛾のようにぷんぷんと臭い香水の匂いを発散させて、近づくだけで窒息しそうだ。

 山吹は私に気がついたが、にやっと笑っただけだった。

 私がどうにか山吹の機嫌を取って、自ら取り巻きになろうという努力をしなければいけない、という風に本気で信じているようだった。

 そこへ、

「あら、お姉様、散策は終わったの?」

 とエイミの声がした。振り返るとオーナーとエイミが立っていて、

「藤堂さんにデザート作ってもらっちゃったぁ。今、ケーキ焼いてるところなのぉ。後で皆様にお出しするわぁ。とっても美味しいのよぉ。笹本さんのレストランでデザート担当ですもん」

 とエイミが大きな声で言った。

 周囲は何故か「わぁ」とか「おお!」とかの感嘆の声を上げた。

 どうやら笹本さんは食人鬼の間でもかなり有名らしい。

「笹本さんのフレンチは聞いてるけど、まだ行った事はないな」

 山吹が言った。

「あらぁ、山吹さん、笹本シェフのレストランもおいしいわ。この間、ご馳走になったけど、ねえ、お姉様」

「ええ」


「こちらのお兄さん、とてもいい匂いがするわ。甘い、甘い匂い」

 と女の一人がオーナー腕をとって自分の腕を絡めてきた。

 オーナーはぎょっとしたような顔で慌てて身体をかわしたが、柔らかい女の身体は蛇のようにオーナーの身体に巻き付こうとする。

「私、甘い匂い大好きなの」

 女は鼻をくんくんとさせて、オーナーの身体の匂いを嗅いだ。

 確かにオーナーはいつもいい匂いがする。

 すれ違うだけで甘い甘いチョコレートの匂いがする。

 オーナーはチョコレートで出来てるんじゃないかしら。

 

 女は三十は超えているような顔だった。濃い化粧に臭い香水。媚びた笑顔が顔に張り付いている。安物の派手なひらひらしたドレス。山吹のような男にぶら下がるしか能がなく、その年では捨てられるのも時間の問題だろう。

 そんな女がオーナーの腕に自分の腕を絡めて、にっこりと笑った。

 

 ボディガードを殺してからこの広間に来るまでに、私は宿題を済ませておいた。

 武器の補充だ。

 その時、私は右手にバイク用の皮のグローブを着けていた。


「オーナーに触らないで」 

 私はその女の顔を右手で思い切り平手打ちしてやった。

 女はぎゃああああっと叫んで顔を覆った。

 それを見た山吹は一歩下がり、周囲の女は悲鳴を上げて部屋のすみに散らばった。

「これでようやく山吹さんとお話ができるわ」

 と私は言った。

 

 女が痛い、痛いと呻きながら顔を押さえている。

 私のグローブには女の皮膚が破れてこびりつき、血がしたたっている。

 女の頬は皮膚が裂けて、肉がえぐれている。

 血が流れ出て、赤い肉と白い脂肪が混じって見えた。特に唇の辺りの損傷が酷く、白い歯と歯茎がむき出して見える。鼻も半分欠けてる。ふふ、不細工。


 グローブの内側には小さな剣山がガムテープで貼り付けてあった。

 剣山の鋭い針は女の顔の肉を綺麗にえぐってくれた。

 顔しか価値のない芸能人である山吹の顔をえぐってやろうと思ってたのに、この失礼な女に使ってしまった。

「お姉様ったら、短気ねえ。誰か、このお嬢さんの手当をしてさしあげて」

 とエイミが言ったが、

「手当なんて無駄よ。泥棒を生きて帰すとでも思ってるの?」

 私は蹲っている女の顔を蹴り上げた。

「私の物に手を出すなんて許さないわ。例え匂いでもオーナーのチョコレートは私の物なの。分かった?」 

 女の髪の毛を掴んで顔を上に向けると、女はぐえっと喉を鳴らした。

 山吹が顔を引きつらせて私を見ていたので、

「何? 人肉料理は食べるけど、と殺現場は見たくないってわけ?」

 と言った。

「き、君がハンターだというのは知ってるし、その彼がご主人というのも聞いてるけど、そこまでしなくても」

 と山吹は言った。それからきょろきょろと辺りを見渡した。

「ボディガードなら、いい感じに廃墟の飾りになったわ」

「え?」

 間抜けな顔の山吹は無視して、私は女の方を見た。女はうなだれている。

 いきなり殴られて顔を損傷させられて、どうして反撃しないのかしら?

つまらないわね。

 その時まで誰も私の持ち物に気がついていなかった。

 左手に持っていた斧を私は女の首筋に振り下ろした。


 ぽーんと首が飛ぶ……はずもない。

 斧は女の首に半分食い込んで終わった。


「骨密度が高いのね、彼女」

 私は女の肩に足を置いて、斧を引っこ抜いた。

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