殺人鬼VS芸術家5
しわくちゃの老人執事が先回りしているのか、鍵のかかった部屋がいくつかあった。
それ以外の部屋も覗いたが、たいして面白くもなかった。
そのうちにだんだんと通路も汚くなってきて、窓が割れたり灯りがついていない広間の横を通るようになった。居住区から出たのだろう。手入れの出来ていない本格的な廃墟空間に入ったようだった。
私は迷彩パンツに長袖のシャツという軽装でパーティには不似合いだったが、廃墟探検には丁度いい。
どうせ汚れてもいい服装で来たし。
ガラスの破片をじゃりじゃりと踏みながら歩いていると、背後に人の気配がした。
立ち止まって窓の外を眺めていると、すぐ後ろに人が立った。
その瞬間に振り返って刺した。
前回から気に入って使っているサバイバルナイフだ。
アキラが夕べ研いでくれたぴかぴかで切れ味抜群の刃は相手の胸にすーっと入っていった。相手は言葉もなく後ろへ倒れた。
誰でもよかったのだが、倒れた相手を見ると山吹の後ろにいてにやっと私を見たボディガード1だった。
ナイフを取り返して汚れを拭く。
しばらくその男を見ていたら、足音が聞こえてきた。
かすかな音なので、どこを歩いているかは見当がつかない。
遠くの方から聞こえるような気もするし、その角をまがった所にいるのかもしれない。
廃墟の中をカートをごろごろ引っ張りながら歩くわけにもいかないので、いくつかの武器は身につけてある。
その場から離れて暗い場所から出ると、朽ちた大きな階段の上に出た。
下を覗くと積み上げられたがらくたの中に噴水跡の水たまりが見えた。
真ん中の裸のビーナス像が苔に覆われてまだら模様になっている。
少し離れた場所から声が響いてきた。
「山吹さんが呼んでる。廃墟散策を切り上げてもらえるかい」
見渡すと下からボディガード2が階段を上がってきた。
私を見下したような顔をした男だ。
「山吹に呼ばれからって何故、私がお楽しみを切り上げなくちゃならないの」
と答えると、男はふんっと鼻で笑った。
「山吹さんに会えるのを楽しみにしてたんだろう? あんた、美人だから可愛がってもらえるさ。利かん気な女もたまにはいいが、調子に乗ってると泣く羽目になるぞ」
と男が格好つけて言った。
ので、釘打ち機で顔中をめった打ちにしてやった。
一発目で「ほげっ」とか言って、のけぞってる。
自分の懐に手を入れたので、もしかして銃でも持ってるのかもしれない。
それを取り出して使う間もなく、私は釘打ち機を発射した。
「馬鹿じゃないの」
狂ったように顔を押さえて絶叫したボディガード2は後ずさってから、階段を転げ落ちて行った。
すぐに私も下へ駆け下りたけど、男は死んでいなかった。顔を抑えて呻いているし、階段を後ろ向きで落下したので、あちこち打撲しているのだろう。すぐには動けない様子だった。後頭部から血が出ているので頭を打ったには違いない。
がらくたの上に仰向けになってのびているので、私は落ちていたトタンの破片を拾った。
小波形状のトタンの端っこをのけぞっている男の喉に思いっきり打ち下ろしてみる。
喉がぱくんと波の形に裂けて、血を吹き出した。
あら、縫合手術が大変ね。上手く縫えても喉元がフリル模様だわ。
そんな事を思いながらその血を避けようとして、後ろへ下がってた時につまづいてひっくり返ってしまった。
起き上がろうとして頭もとに靴があるのに気がついた。
誰かが立っている。
釘打ち機を打とうとした私の右手を男の片方の足が踏みつけた。
「いてててて」
素早く左手でポケットのナイフを引き抜いてくるぶしの辺りに突き刺した。
それは想定外だったらしく、男の足がよろめいた。
だけど右手を引き抜いて釘打ち機を構え直す前に、腕をねじ上げられて背後から捕まってしまった。太い腕が私の首を絞める。
「噂通りにいい腕だが、残念だったな」
とボディガード3が耳元で囁いた。
力がない私は一対一では不利だというのは分かっていた。
捕まってしまったら終わりだ。
今度生まれ変わるならゴリラみたいな男になりたいわ。
「女の細い首を折る感触が好きでね」
と言いながら、男は私の首をぎりぎりと絞めた。
武器はまだある。身につけた武器が。
詰まる息で考えながら、左ポケットに手を伸ばす。
「ぐ……」
しかしどうやら私ももう駄目らしい、と思った瞬間に男の腕が緩んだ。
するすると男の腕が離れて、どさっと音がした。
「持つべき物は弟だろ。一つ貸しな」
と声がした。
目がかすむ。頭に酸素を送り込もうと必死で息をした。
「ア、アキラ」
振り返ると頭を割られて倒れたボディガード3とアキラが立っていた。
「た、助かったわ」
アキラは男を見下ろしている。
「まだ息があるぜ」
と言って、男の頭をこつんと蹴った。
サバイバルナイフと釘打ち機を拾ってから、ナイフで男の顔を切り刻んだ。
ざくっと生きた肉が切り裂かれる瞬間が好きだ。
ナイフに対して抵抗する力がいい。
「女って非力よね。こんな事くらいしかできないなんて」
恐怖で大きく見開かれた目にナイフをゆっくり近づける。
「眼球にも痛点があるのかしら?」
少しずつナイフの刃が眼球のぷるんとした中に入っていく。
左右に引くと表面が切れた。
卵の黄身が潰れるように液体が広がってきて、目玉が濁ってぐにゅっとなった。
「こんなのあったけど使う?」
とアキラが差し出したのは拳銃だった。
「どこにあったの?」
「そっちの男が持ってた」
振り返ると息絶えたトタン男が転がっていた。
アキラから銃を受け取り、銃口を男の口に差し込む。
「これ、どうやって使うの?」
「安全装置とか外すんじゃね?」
「どこにあるの?」
「俺もこんなの使った事ねえし」
と聞いてる間にバンッと音がした。
男の身体がはねて、後頭部から更に血が流れ出した。
「案外つまらないわね。銃って」
「手っ取り早いけどな」
「え~、そう? そんなの楽しくないわ、ねえ、あと何人?」
「心配しなくてもまだ獲物はいるって。そういえば、ダンスパーティが始まるって言いに来たんだった」
「ダンス?」
「エイミの商談がまとまったらしい、上機嫌さ」
「ふーん。あんな物が芸術だなんて、世の中間違ってるわ」
と言うと、アキラが笑った。




