殺人鬼VS芸術家3
「何を考えてるんだか」
アキラの頭の中はイカレテルのは確かだけど、それ以外にはよく分からない。
芸術家の味方なのか、敵なのか。
私の敵なのか、弟なのか。
「君の事が好きだっていうのは伝わってくるけどね」
と車を運転しながらオーナーが言った。
「そう? それにしては厄介事を持ち込むわ」
「君に相手にしてもらいたいんだよ。ま、その気持ちは分かる」
と言ってオーナーが私を見て笑った。
「君の興味を引くにはどうしたらいいだろうってね。幸い俺にはチョコレートを作る技術があってよかったよ。作れなくなったら君に捨てられるかもしれないがね」
「あら、大丈夫よ。私はそんなに長生きしないわ。私が死んでもあなたはおいしいチョコレートを作ってるはずよ。私はしわくちゃになるまで生きてはいないわ」
と言うと、
「そんな悲しい事言わないでくれ。君が死んだらきっと俺はもうチョコレートは作れなくなると思うよ」
「じゃあ、もう少しがんばるわね」
オーナーの車は前を走る黄色い四駆の後をついていく。
前の車にはアキラと芸術家が乗っている。
芸術家の隠れ家ってやつに招待されて、特別のパーティがあるらしい。
そこでエイミの芸術を褒め称えるスポンサーやらファンやらが集まってパーティを開くという。私達は特別なゲストとして招かれた。
そこにはもちろん山吹も来るだろう。
お膳立てされて山吹を殺すなんてつまらないわ。
エイミは私が返り討ちにあえばいいと思ってるだろう。
それはそれで構わないと思っている。
私の死体をエイミがどうしようが死んでしまった後の事なんて実はどうでもいい。
気をつけなくちゃいけないのは、死ぬ瞬間にはできるだけ強力な武器を手に持って死ぬという一点だ。地獄でまたるりかを殺さなきゃならないしね。
アキラにもそう教えてあるから、お気にいりの武器を肌身離さずにいるはずだ。
私は何にしよう。
マチェット系は持ちやすいし、殺傷能力に優れているからいいわね。
などと考えていると、車はどんどんと山道に入って行った。
山奥に別荘でも持ってるのかしら。
「この先は確かでかい廃墟がある」
とオーナーが言った。
「廃墟?」
「ああ、元はリゾートホテルだった。経営難で分譲の別荘とか老人ホームとかいろいろ人手に渡ったが、もう何年か前からは使われなくなって廃墟になってるはずだ」
「廃墟でパーティなんて素敵ね」
「全くだ。タキシードを持ってくるべきだったかな」
「あら、だったら私もパーティドレスが欲しいわ」
私達は顔を見合わせて笑った。そして、
「あなたが自分の身を守る為には殺人鬼相手に躊躇はしないでね。それがアキラでも」
と私は言った。
「アキラ君が死んだら君は悲しむと思うよ」
「でもアキラがあなたを殺したら、私はアキラを殺すわ。そうしたら私はひとりぼっちになってしまうわ」
「君はしばらくは悲しむだろうけど、よその街へ行ってまたチョコレートのうまい店を探すんだろう?」
「ええ、そうよ。あなたのチョコレートは世界で一番おいしいかもしれないけど、あなたが死んだからって、私はチョコレートを食べるのをやめたりしないわ。私に他の人間が作ったチョコレートを食べさせるのが嫌なら死なないでね」
「分かったよ。肝に銘じておこう」
「武器ならたくさん持ってきたわ」
と言って、私は後部座席を振り返った。
コレクションは全て持って来た。
今日で世界が終わっても構わないのだ。
廃墟は素晴らしい様子だった。元は雰囲気のある建物だったのだろう。
煉瓦造りの洋館、というよりは城のようだった。
城の真ん前まで枯れた木や葉っぱが山と積まれ、割れた窓ガラス、焼け焦げたような壁。
城全体を覆い尽くすほど伸びた植物の枯れた枝と葉。
汚れてナンバーが読み取れない古い車が何台も止まっていた。
車から下りると、
「お客様はもうおつきのようね」
とエイミが言った。
「あなた、主催者なのにお出迎えしなくてよかったの?」
と聞くと、
「お姉さんのとこみたいな零細企業じゃないもの。エイミは芸術家よ? 執事とメイドくらいいるわ」
と腹の立つ返事が返ってきた。
「執事とメイドと書いて、ドレイって読むのね」
「やだ、お姉さんったらうまい」
エイミはきゃっきゃっと笑った。
「廃墟でパーティなんて、芸術家らしいけどどこもかしこガラスの破片とゴミでいっぱいなんて嫌よ。ソファくらいあるんでしょうね?」
「お客様に休んでいただくスペースは高級ホテル並に改装してあるわ。冷暖房完備でシャワーもトイレもベッドルームも」
「あら、そう」
「コックもいるし、食事も心配しないで」
「人肉料理は口に合わないんだけど」
「も~お姉さんてわがままねえ」
その瞬間にエイミの喉にナイフを突き刺した、が、アキラが私の手首を掴んで止めた。
「ほうら、一回死んだ」
と言うと、エイミがきゃははははっと笑った。
「山吹を殺ってからにしろっつったろ」
とアキラが言い、オーナーは肩をすくめた。
「改装済みって事は、この廃墟はあなたの持ち物なの?」
ナイフをしまってからエイミに聞くと、
「ええ、私の別荘なの」
と答えた。
「こういうとこって、物見高い野次馬がやってこない? 廃墟マニアとか」
「来るわ。私有地だから丁寧にお引き取り願ってる。マニアは本物の廃墟が好きなんであって、手を加えてる屋敷だと言うと興味をなくすわ」
そう言ってエイミはくすくすと笑った。帰らない野次馬もいるだろうがそれはエイミのお楽しみになるのかもしれない。
私は暗闇の中の城を見上げた。
月明かりに浮かぶ廃墟は巨大な蜘蛛の巣だ。
暗闇で獲物がかかるのを待っているのに違いないわ。
招かれてのこのこやってきた私達は哀れな獲物なのかもしれない。




