復讐17
アキラはそれなりによく働いていた。
チョコレート・ハウスの喫茶部で、銀のトレーを手に客の周りを歩き回る。
よくあれだけお世辞が言えるもんだ、と私は感心する。
おばさまでも、OLさんでも、女学生でも、おかまさんでも、誰に対しても均一に最大限の素敵な言葉をかけるのだから。
しかし誰に対しても親切な姿勢は崩さないけれど、その代わりに誰も近寄らせない拒否感も半端ない。
アキラが働き始めて、告白した女の子の屍で店の周りは一杯だ。
「お姉さん」
と言われ、将を射んとせば……の馬な立場の私に近寄ってくる女の子もいる。
が、もちろんそんな事をしたら、アキラには二度と視線を合わせてももらえないという事態を引き起こす。
「そのうちに振られた女の子に刺されるんじゃない?」
と言うと、
「刺される? 俺が? もしそんな事態になったら、俺がやり返しても正当防衛だよね。若い女の子、高く売れるかなぁ」
とアキラはにやにやと笑った。
「どっちにしても、あんたのお楽しみってわけ?」
「まあね」
「はい、店先で物騒な相談しない」
とオーナーが来て、私とアキラの間に割って入った。
「オーナー、焼きもち焼かなくてもこんなぶっすい女に興味ないし、姉弟だし。オーナーもちょっとアレだね」
とアキラが言った。
「ぶっすいって何よ。弟じゃなくてもこっちだってお断りよ。こんな異常者」
「ああ? お前がそれを言うか? こっちこそお前みたいなサイコパス冗談じゃねえ」
「ちょっと、今何て言った?!」
「はいはい、そこまで。十三年ぶりの再会で姉弟仲良しなのは微笑ましいけど、店では言葉には気をつけるようにね」
とオーナーが言った。
私とアキラは顔を見合わせて、お互いに「ふんっ」と言った。
店が終わると私達は三人で夕食をとり、その後はお風呂に入ったりしてくつろぐ。
しばらくはアキラも大人しくしていたが、最近は夕食後にこっそりと出かけるようになった。
「俺たちに気を遣って出かけてるんじゃないのか?」
とオーナーが言うが、そんなはずはないと思う。
何かを物色しに行ってるのは間違いない。
まあ、いいけど。
岩本のもう一人の仲間に接近する計画を考えていたのだけど、所詮こちらは一般人だ。 とてもじゃないが、会う事すら出来ない。
「笹本の店が繁盛したら、聞きつけて来るんじゃね?」
とアキラは言う。それは一理あるかもしれない。
テレビでは毎日のように顔を見る俳優だが、実際はとても近寄れない。
けれどお金を使ってまで、居所や例えば行きつけの店を探るのも馬鹿馬鹿しい。
笹本さんには一応話を通してあるので、接触があれば連絡してくれるはずだ。
「芸能人の肉か……これは高く売れるな。これからはそう言う付加価値で値が上がるな」
と算段しているので、きっとすかさず連絡をくれると思う。
だから私は暇だ。
身体もすっかり完治というわけでもないし、アキラが入ったので店が忙しい時にも手伝いに呼ばれる事もなかった。ただ家事をこなし、使うあてのない武器をせっせと磨くくらいだった。趣味を楽しむ為の外出はまだ無理だと自分で判断している。
万が一の事を考えて、体調が万全でない時にはやらないのが基本だ。
なので私は暇だ。
「暇そうだな」
とアキラの声がした。
私は台所でテーブルに向かって座ってコーヒーを飲んでいた。
アキラは午後の休憩時間なのだろう。自宅へ上がってきて、私の前に座った。
「まあね、お店、忙しい?」
アキラにもカップにコーヒーを注いでやる。
「いや、それほどでもねーんじゃね」
「そう、晩ご飯何にしよう。何が食べたい? 今日はアキラだけなのよね」
「オーナーは?」
「笹本さんと飲みに出かけるんだって。明日、お休みだから」
「へえ、じゃあ、俺たちもたまには外食にしない?」
とアキラが言った。
「外食? おごってくれるの?」
「まあね」
「へえ、じゃあ行く」
アキラはにやっと笑って、
「楽しみだな」
と言った。
アキラの大きな四駆に乗って外食に出かけたのはいいが、ドライブスルーで買ったハンバーガーを渡され、
「それでも食ってろ」
と言われた。
「ちょっと~、何よ、これ。こんなもの食べたくないわ」
「いいから」
ぶつぶつと文句を言っていると、車は大きな一軒家の前に止まり、アキラは私をその家の中に案内した。
中から出てきたのは太った、不細工な、眼鏡の、肌が汚い、頭のてっぺんだけが薄くなった小男だった。
「何、アキラ君のお姉さん? 綺麗じゃん」
と小男が言った。
男は汚かったが、整頓されてお洒落なリビングルームに通された。
だが、何か匂う。
生臭い匂いだった。
「アキラ君、お姉さんには刺激が強すぎなーい?」
と小男が言った。
この時点で殺してやろうかと思ったんのだが、アキラの友達ならそうもいかない。
「保田さんはね、少女専門なんだ」
とアキラが言った。
「はあ? 少女専門? ロリコンって事?」
と言うと、小男は笑った。
「クスクスクス。ロリコンなんて古いなっ、お姉さんっ、僕はぁ、美少女を専門に愛する人。まあ、美少女専門のプロかなっ」
「まあ……困ったわ」
と私は言った。今日はたいした武器を持ってきていないのに。
「アキラ君がコレクション見たいって言うから、招待したんだけどっ。僕と美少女達の競演を人に見せるのは冒涜なんだっ。僕の美少女達も恥ずかしがるかもしれないしねっ」
しれないしねっというセリフが、「しれない死ねっ」に脳内で変換された。
「保田さん、見せてよ、約束だろ?」
とアキラが言った。
「いいよ。アキラ君だから特別だよっ」
小男、変態、保田は私達を地下にある分厚い扉の前に案内した。
そのドアを開けると、予想とは違い、やけに明るくまぶしい部屋だった。
壁一面仕切られたガラスケースだった。
中には素晴らしく精巧なドレスを着た美少女達がいたが、よく見ると人形だった。
「保田さんってお金持ちなの? こんな高級そうな人形」
「まっねっ。パパがねっ」
だが、やはり何かが生臭い。
豪華なガラスケースに目を奪われていたが、よく見ると部屋の真ん中にベッドのような物があった。病院で見るようなゴマのついたストレッチャーのような感じだ。
そこに少女が横たわっている。
顔だけ出ていて、首からしたは白いシーツを被っていた。
いかにも幼いという感じの寝顔だった。
寝顔は傷一つついていない、綺麗な顔だった。
私はシーツをめくった。
「あ、ちょっとっ、いくらアキラ君のお姉さんでも遠慮して欲しいなっ」
私は小男を見て、アキラを見た。
アキラが薄く笑ってうなずいた。
私は右手に握っていた携帯用のドライバー(-)で小男の目玉を突き刺した。




