復讐16
「竜也さん」
と私が言うと、オーナーはちょっと照れたような顔で私を見た。
「何?」
「あの子、何してるの?」
私の目線の方向にいる男を見え、オーナーが笑った。
「彼、働き者だよ。彼が来てから、喫茶部の売り上げが30%増。若い女の子が増えたね。奥様方にも人気急上昇だし」
とオーナーが言った。
アキラに刺された後、病院で目覚めるまでほんの三日だった。
一年くらいは地獄らしき場所にいたと思ったのだけど。
そして二週間ほど入院してから私はチョコレート・ハウスに戻った。
これは少しばかり、面目がないというか、格好が悪いというか。
二度と戻らない覚悟で飛び出したのに、入院費も払ってもらったばかりか、おめおめと戻って来て、店の手伝いもしないで療養中だなんて。
店のパートさん達は喜んでくれたし、お客様もよかったわねえ、と声をかけてくれる。
そのたびに、自分で自分の喉をかっ切ってやりたい衝動にかられるのだ。
そして、何より。
「いらっしゃいませ。京子さん、今日も美人だね」
といつの間にチョコレート・ハウスはホストクラブになったのだろう、という風な感じの男をオーナーが雇ってしまっている。
華奢な身体、赤茶けた髪の毛、ほっそりとした白い顔に、整った目鼻立ち。
白いシャツにチョコレート色のネクタイとパンツ。同じ色の長いエプロンをして、銀のトレーを手に、喫茶室で女性客にケーキと媚びを売りまくっている男。
「な~にやってんのかな~、アキラ君はぁ」
「こめかみにしわが入ってるよ、美里」
思わず手がポケットに入る。それを見たアキラが、
「どっちが物騒なんだよ」
と言った。
「どうしてこんな男を雇ったのよ?」
と私はオーナーに山盛りご飯を盛った茶碗を渡しながら聞いた。
「よく働くし、女性客も増えたし、いいじゃないか」
「そうそう」
「そうそう、じゃないでしょ! 何、厚かましく、家にまで転がり込んでるの!」
アキラは私の横でもしゃもしゃとご飯を食べている。
「金が貯まったら出てくよ。ここじゃ、女の子連れ込むのも出来ない」
「お金は腐るほど持ってるくせに。あんた、見境なしなんでしょ?」
「まあね」
「もう」
「ほんと、器が小さいよね、姉ちゃん」
「何ですって!」
「久しぶりに会った弟との再会を素直に喜ぼうよ、そこは」
「殺されかけたんですけど」
「あれは姉ちゃんが勝手に飛び込んで来たし」
「そうよ、こいつはあなたを殺そうとしたのよ? よくそんな奴を雇えるわね。あなた、お釈迦様の生まれ変わりなの?」
と私が言うと、オーナーがビールを吹き出した。
「アキラ君はあれだろ? 大好きなお姉ちゃんと結婚した俺に焼きもち焼いたんだろ?」
「そうそう、姉ちゃんと再会するのだけが生き甲斐で今まで頑張ってきたのに」
とアキラが言ったので、オーナーが大笑いした。
「信じられない、頭の中、麩でも入ってんじゃないの」
味噌汁の中の麩をつまんで見せた。
「何だと、てめー、いい情報を教えてやろうと思ってたのに」
「何?」
「あ~もう言う気が失せた。ごちそうさま」
と言ってアキラが食卓を立った。
「何なのよ」
オーナーは朝が早いので、割と早く寝る。
アキラが居候している為に、おやすみのキスもお預けだ。
「おやすみ」
と言って、オーナーはさっさと寝室へ引っ込んでしまった。
かちゃかちゃと食後の片付けをしていると、
「もう一人いるぜ」
と言いながら、洗い物をしている私の横に来た。
「何が?」
「美里の子宮を食ったやつ」
「え?」
「岩本だけじゃない、仲間がいてさ」
「本当? 誰よ!」
「殺る気?」
「もちろんだわ」
私はアキラを見た。アキラも私を見返して、
「ちょっと難しいぜ」と言った。
「誰なの?」
アキラが顎で指し示した方向にはテレビが置いてある。
夜の十時過ぎ、ニュース番組をしていた。
コメンテーターに売れっ子の俳優が出ていた。
四十は過ぎているだろうが、若さを売りにしている元アイドルだ。
「あの俳優?」
「そう、あの俳優を抱える事務所自体が食人鬼の集まりさ。贔屓の店があるから、笹本の店までは来たことないと思うぜ。売れっ子俳優だから、ガードが固い。近づくのが難しいな」
「ふーん」
包丁を洗ったら、洗い物はおしまいだ。
私は包丁を掴んだ。
「綺麗な顔は切り刻んだら楽しいわね。よく切れる包丁を買いに行かなくちゃ」




