復讐15
地獄とおぼしき場所での生活は退屈だった。
毎日誰かを切り刻むしかする事がないのだから。
るりかも市長の息子もボディガードも、何回も細切れにしてやったけど、しばらくするとまた起き上がってくる。
「つまらないわね」
と私は辺りを見渡した。
今ではるりかさえ私から目をそらす。
誰も視線を合わせようともしない。
「新入りでもこないかしら。連続婦女暴行殺人犯とか、幼児虐待した夫婦とか、面白半分に子供を殺して捕まると奇妙な言い訳する奴とか」
それに、何より食べるものがない。お腹は空かないけど、チョコレートを食べながらコーヒーを飲む、という楽しみが出来ない。
これはまさしく罰ってやつかしらね。
ある日、
「美里さん、美里さん」
と新井君が走ってきた。
「何?」
私はあまり新井君の顔を見ないようにしていた。
だって、不細工なんだもの。
私がハンマーで顔の真ん中をぶっ叩いたもので、真ん中がへしゃげている。
鼻が凹んで、目玉が飛び出して左右に離れた方を向いている。
「新入りが来ましたよ!」
「新入り?」
新井君が振り返った方を見ると、女が立っていた。
顔が焼けただれて、目玉がぎょろりとこちらを見ている。
髪の毛も焼け落ちたのか坊主頭だ。
身体中の皮膚も焼けて溶けて真っ赤に爛れていた。
裸足で、ぞろり、ぞろりとこちらへ歩いてくる。
「まあ、今週は「身内に会う週間」なのね」
母親がぞろり、ぞろりと歩いて近寄ってくる。
私の事が分かるかしら?
目玉はぎょろぎょろとしているけど、濁って意志がないような感じだった。
母親は私の前で止まった。
「お母さん」
と呼びかけると、少し顔を上げて私を見た。
「私、美里よ。分かる?」
母親は私を凝視したが、分かっていないようだった。
少し首をかしげるような素振りをした。
「この間、アキラに会ったわよ。十三年ぶりに」
と言うと、うあ、と言った。アキラの事は覚えてるのね。
「アキラに会いたい? お母さん、アキラの事だけ好きだったもんね」
「う……う……」
「どうせすぐにここに来るわよ。あの子もろくでなしの殺人鬼だから」
「うあ」
「それまで、私と遊びましょうよ」
と言って、母親の首をナイフで串刺しにしてやった。
「お母さん、新入りはきちんと挨拶しなくちゃ。後、弱い奴はずっと殺される役だから、がんばってね」
母親は横倒しに倒れた。頭を踏みつけて、ナイフを取り戻す。
なにやら言葉のようなものを発しながら、手で空中をかいている。
起き上がって反撃してくるのかと思ったが、倒れたまま蠢いているだけだ。
「惨めね、お母さんに会ったらすっごく殺してやろうと思ってたのに。こんなゾンビみたいなのやる気も出ないわ。もう少し、がんばれないの? ねえ?」
と私は私と母親をぐるりと囲んでいる死者達を見渡した。
「お、お母さんなんすか?」
と新井君が言った。
「そうよ。お金の為に子供を売るようなクズだけどね」
私はそう言って母親の顔を踏みつぶした。
グシャっと音がしたけど、アキラがやったように上手くは壊せなかった。
「母親まで殺すなんて、本当に鬼畜な女ね!」
とるりかが言ったので、そちらをちらっと見ると慌てて目をそらして市長の息子の背後に隠れた。デブだから隠れきれてないけど。
「ネグレクト、虐待、挙げ句の果てに子供の内臓を売り飛ばす、そんな人間にはお似合いの結末かしらね。でも、もっと自分が殺される理由を知らしめてやりたかったわ」
私はこつんと母親の頭を蹴った。
母親にはもう興味がなくなったので、私はそのまま母親を放置した。
すでに死んでいる身体なのだから、母親はいつまでもその場で蠢いていた。
しばらくその様子を眺めていると、他の死者にいじめられた奴がそこを通りかかっては母親の身体を蹴ったりして憂さ晴らししていた。
私が見ているのに気づくと、あたふたと去って行く。
そんな事が続いているうちに、母親がいつもこちらを見ている事に気がついた。
私がどこにいてもこちらを向いている。
座る場所を変えても、しばらく蠢いてはこちらに向いている。
そしてある日、また憂さ晴らしの死者に蹴られていたので、そいつの首を切り飛ばしてやった。他人に手を出されて、みじめったらしい母親を見るのが嫌になってきたからだ。
そいつは首を拾って、逃げて行った。
母親はまたもぞもぞと蠢いてから私の方を見ると、私に手を合わせるような仕草をした。
「何よ、それ」
私はその場から走って去った。
どれだけ走ったのか分からない。
息も切れないし、疲れもしない。
悪人が少しいい事をしただけで、好感度があがるような卑怯な真似はやめて欲しいわ。
ああ、もう、こんな場所にはいたくない。
オーナーの所に戻りたいわ。
おいしいチョコレートが食べたいわ。
でも、もう帰れない。
ずいぶんと走ったので、もうどこにも死者が見えなくなった。
また真っ暗な場所に戻ってしまったようだ。
私は真っ暗な場所に座り込んだ。
それからその場に横になった。
なんだか眠たくなってしまったからだ。
私は目を閉じた。
「美里! 美里!」
誰かが私を呼んでいるような気がしたのだけど、もう眠くて起き上がる事が出来ない。
目を少しだけ開けると、今度はやけにまぶしかった。




