復讐14
私は暗い場所をさまよっていた。
歩いてるのか浮かんでいるのかもよく分からなかった。
時々白いもやのような物が浮かんでいて、もあもあっと動きながら大きくなったり小さくなったりしていた。私の横を通過する時、脅かすようにばっと広がって私に覆い被さったりもする。
暗くて自分の手も身体も全く見えなかったのだけど、私はポケットのある位置をさぐった。何か入ってないだろうか、と思ったからだ。
何も持っていないのは不安だった。
少なくともカッターかハサミは手放した事がないのに、今日の私は何も持っていないようだ。
「ちょっと! あんた!」
とダミ声がしたのでそちらへ振り返ると、るりか嬢が立っていた。
あら、今まで何も見えなかったのに。
るりかはやはりだぶだぶですり切れたジャージの上下で、乳首が胸の下の方に透けて見えた。顔の真ん中から分けた髪の毛はやはり腰の辺りまで伸ばしてあり、ぼさぼさの枝毛だらけでその上薄い。地肌が見えてきて、なんだか見ているこちらが侘びしくなる。
ただ私が刺した自転車のスポークが彼女のうなじから首の前に飛び出して、飾りのようになっていた。
「るりかさん」
「あんたもついに死んだのね! ざまあないわ!」
とるりかが叫んだ。
「ここにはあんたに殺された人間がいっぱいいるわ! みんな、あんたと遊びたくてしょうがないのよ! みんなに嬲り殺されるがいいわ!! あたしだってあんたの事、ばらばらにしてやりたくてずっと待ってたんだから!」
るりかはにやにやとしながら私にそう言った。
「へえ、遊んでくれるの」
と私は聞いた。
「それは楽しいかもしれないわね。ここは退屈そうだし、あなたが遊び相手になってくれるなら、それもいいわね」
「な、何よ、その態度」
私は辺りを見渡した。
「ここは何? 地獄? 随分と殺風景ね」
「そんなに気取ってるのも今のうちよ!」
るりかは私に脅しがあまりきかなかったのが不満そうだった。
「で、何をして遊ぶの? 嬲り殺しって言っても、もう死なないんじゃない?」
「ばかねぇ、だから余計に辛くて苦しいんじゃない。永遠に殺され続けるんだから」
「なるほど」
そうは言っても、るりかは警戒して私に近寄って来なかった。
その間に私は考えた。
ここには武器がないわ。じゃあ、どうやって殺し合いするのかしら。
腕力? いいえ、違うわね。
答えはるりかが持っている。
私はあははははと大きな声で笑った。
「な、何よ! 恐ろしさでおかしくなったんじゃないの! もう遅いわよ! あんたみたいな殺人鬼、永遠に嬲り殺され続けばいいわ!」
「ねえ」
「何よ!」
「最初に聞くけど、ここにいるとお腹はすかないの? トイレは? 行かなくて大丈夫なの? 眠ったりするの? それぐらい教えてくれてもいいと思うけど」
「お、お腹はすかないわ。トイレも行かない。厚さや寒さも感じない。眠らないし、眠らなくても疲れない……ような気がするわ」
「そう! ならいいの。じゃあ、遊びましょうよ」
るりかは不審げな顔で私を見た。
私は左手で右脇腹を探った。
思った通りだった。アキラのサバイバルナイフが刺さったままだった。
私はさっとそれを引き抜いて、右手に持ち替えた。
「ほら、私に説明してる間に殺らないから、またあなたの負けね」
私はそう言って、ナイフでるりかの顔を切り裂いた。
「ぎゃーー」
とるりかの絶叫が上がった。顔を押さえて、膝をついた。
押さえた指の間から鮮血がしたたり落ちる。
「痛いの? 痛くないんでしょ? 大げさねぇ」
「それが結構、痛いんだよね」
とまた別の声がした。
振り返ると市長の息子が立っていた。
でも彼は首がない。私が切断したから。
小脇に抱えた血だらけの首が私を責めるように、
「俺も首が痛くてさ」
と言った。
「あらそう。で、あなたも私を嬲り殺しに来たの?」
首なし息子は肩をすくめた。
「そう思ってたけど、あんた強いからな。もう少し作戦を練ってからにするよ。ここは退屈でさ、流れない時間の中で腐ってたんだけど、あんたが来たから少しは楽しめそうだ。俺よりあいつの方があんたを恨んでるしね」
と自分の背後を振り返った。
市長の息子の仲間の筋肉隆々のボディガードだ。
うわぁ、面倒くさそう……と思ったけど、ボディガードが歩くたびに首がちぎれそうでぱくぱくとなっていた。それに、市長の息子もボディガードも手ぶらだった。
どうやら武器を持ち込めなかったようね。
ポケットに入ってるのはコンドームくらいかしら。
私はこのサバイバルナイフでしばらくは楽しめそうだ。
ありがとう、アキラ。
お姉ちゃんを刺した事、許してあげるわ。




