復讐13
服は生乾きのままだし、髪の毛も濡れている。
でも仕方がないので、そのままでヘルメットをかぶった。
バイクにまたがり、エンジンをかける。
アキラはもうオーナーの元へ着いているだろう。
本当に殺すつもりだろうか。
笹本さんに売り込みに行くつもりならオーナーを殺してしまうのは不利だと思う。
濡れた身体で山道を走るのは寒かった。
酷く疲れていたので、お風呂に入って眠りたいと思った。
だけど、決着だけはつけないと。
早くオーナーの所に行かないといけないんだけど、できたらこのまま道がずっと続いてればいいのに。ずっと走り続けて、永遠につかなければいいのに、と思った。
だけど夜の道路は空いていて、私はあっと言う間にチョコレート・ハウスのある街へ戻ってきていた。
チョコレート・ハウスは暗く、電気の一つもついていなかった。
駐車場にオーナーの古い四駆が見えなかったので、私はそのまま笹本さんのビルへ向かった。
時間はもう日付が変わろうとしている。
笹本ビルも電気が消えて真っ暗だった。そのまま通りすぎて、裏道へ回る。
裏の道から引き返してきて、裏にある貯蔵庫の方へ近づくと、黄色い車が止まっているのが見えた。
人が動くような感じもしたので、そのままバイクで突進した。
バイクで近づくと、アキラが振り返った。
アキラはオーナーの胸ぐらを掴んでいる所だった。
そのままバイクでアキラに向かって突っ込んで行ったのだが、アキラが手を離してさっと後ろへ飛び退った。
アキラはにやっと笑って、大きなマチェットを私に見せるようにして構えた。
いったん通り過ぎてから、急ブレーキで振り返ると、アキラがオーナーにマチェットを突きつけていた。
「怖いお姉ちゃんが来ちゃったよ、藤堂さん」
とアキラが笑いながら言った。
「離れなさい」
私はバイクを降りてからアキラに言った。
真っ黒なフルフェイスのヘルメットを取りながら、汗をかいて髪の毛もばさばさな顔をオーナーに見られたくないわ、と思った。
「君、バイク乗るんだ。知らなかったな」
とオーナーが言った。
「暴走して、武器振り回して。藤堂さん、こんなアブねえ女のどこがいいの」
とアキラが言ったので、オーナーは笑って、
「美人だし、可愛いし」
と答えた。
「えー、趣味悪いね」
「そうかな、彼女は俺の運命の人だから」
とオーナーが言うと、アキラは大きな声で笑った。
「まじで? あんたもちょっとアレな人だね」
「まあね。そこで言っておくけど、俺を殺すのは賢くないと思うよ」
「どうして?」
「笹本さんの顧客が悲しむ。デザートは俺の担当だからさ。笹本さんは俺を殺したハンターとは契約しないと思うけどね」
「それは分かんないよ? 腕のいいハンターはなかなかいないけど、デザートなんて誰でも作れるじゃん」
「そうかな。じゃ、デザートは俺が作る。そして腕のいいハンターは美里がいる。いらないのは君だけだ」
と言ったオーナーの顔はとても意地悪だった。
アキラのような子供は「いらない」と言われるのが嫌いだ。
オーナーは知っててわざと言ってるのかしら。
アキラの顔つきが変わった。
それまでにやにやしていた顔が一瞬、真顔になり、そして殺人者の顔になった。
「殺してやるよ」
私はその時、アキラのすぐ側まで来ていた。
私は坊主頭から奪ってきたナイフを出した。
アキラの首もとに突きつける。勢い余って少し刺さってしまったようだ。
切り傷が入って、血が少し出た。
「やめて。あんたがどこでハンターをしようが構わないけど、この街ではやめて」
アキラの腕がすーっと動いて、オーナーに突きつけていたマチェットが私の首めがけて水平に走った。
とっさに後ろによけたけれど、バランスを崩して転んでしまった。
アキラはマチェットを私に向かって振り下ろすだろうと思ったのだけど、そうはしなかった。マチェットでオーナーの顔面を殴りつけようとした。
だけどオーナーはすでにアキラから距離を取っている。
その上、オーナーはアキラの腕を掴んで武器をさけると、右手で顔面を殴りつけた。
殴られたアキラは後ろによろよろっとよろけた。
身長的にはオーナーの方が高いし、腕もずっと太い。
殴り合いではアキラは適わないんじゃないかしら。
だけどアキラには武器がある。
その上、人を殺しても何の罪悪感もない。
そして、自分が殺される事にもなんの感動もない人間だ。
アキラはいっそ死んだ方がましの人間だ。
もしオーナーがアキラを殺しても、アキラは彼を恨んだりしないだろう。
笑って「じゃーね。お姉ちゃん」と言うだろう。
十三年も離れていたのに、アキラの事はよく分かる。
もう少しアキラと話をすればよかった。
私はそんな事を考えながら、オーナーとアキラの殴り合いを眺めていた。
「止めないのかね?」
と声がしたので振り返ると笹本さんが立っていた。
笹本さんはいつものように洒落た服装で、髪も綺麗になでつけていた。
夜だというのにどうしてこんなに着飾っているんだろう。
「困るな、うちの敷地内で物騒な喧嘩は」
「笹本さん」
「美里君、戻って来たのかい? それは、藤堂君が喜ぶし、チョコレート・ハウスの客も喜ぶな。君がいなくなった後、藤堂君の腕が落ちたと噂だよ。で? 藤堂君と喧嘩してるのはアキラ君だろ? 岩本さんとこの。君、知り合いなの?」
「アキラは弟です」
「弟?」
笹本さんは、私を見て、まだ殴り合いをしているアキラを見た。
「なるほど、そういえば似てる」
「私が岩本を殺したから、アキラも雇い主を失ったんです。笹本さんに売り込みに来たみたいだけど」
「岩本さん、死んだのか」
「ええ」
「ふうん。君はアキラ君がこの街でハンターをするのを反対するかい?」
「だって、アキラは見境なしで殺すみたいだし」
「そうか」
「人の事をどうこう言える立場じゃないけど、この街ではやめて欲しいんです」
笹本さんはしばらく黙ってオーナーとアキラの殴り合いを見ていたが、
「アキラ君ね、ずっと人を探してるって言ってたよ」
と言った。
「え?」
「誰かは知らないし、岩本さんにも言わなかったらしいけどね。会えなくてもいいけど、できたらもう一度会いたい人がいるって、言ってたらしいよ。それ、美里君の事じゃないかな」
「そうですか」
「お互い、生きてるうちに会えてよかったじゃないか。少しくらい話してみたら?」
「……」
私はオーナーとアキラの方へ近寄っていった。
「ふたりとも、やめて!」
だいぶ弱ってきた二人の間に割って入る。
私の声にオーナーはすぐに手を止めた。
だが、アキラはその一瞬を逃さなかった。
オーナーが私に気を取られた瞬間に、私が落としていたサバイバルナイフを拾った。
そのままナイフを逆手に持って、身体ごとオーナーに向かって突進した。
「オーナー!」
私は二人の間に身体を投げ出した。
アキラのナイフが脇腹に刺さるのを感じた。
熱くて、冷たい感触だった。
痛いとは思わなかった。
ただ身体中の力とエネルギーが抜けていくようだった。
「姉ちゃん!」
「美里!」
という声が聞こえて、そして、目の前がすっと暗闇になった。




