復讐12
携帯の番号は変えていない。
何度も変えようと思ったんだけど、後で、後で、と思いつつそのままだ。
オーナーからの着信がゼロになったら、変えようと思っている。
最初は一日百件はあった着信がだんだんと減ってきて、今では一日に十件くらいだ。
あの人も忙しいだろうしね。
減っていく着信回数が私を説得してくれる。
もう二度と帰れないのだと。
でもアキラの襲撃だけは知らせておかないと。
トゥルルルルルと呼び出し音を聞きながら、私は階段の上から下を覗いた。
もぞもぞと早苗が動いている。
まだ死んでないようだ。
しかし腰を打ったのか足をひねったのか、なかなか立ち上がれずにいた。
オーナーは電話にでない。
階段を下りて早苗の前に姿を見せると、彼女は酷く驚いたような顔をした。
「あ…あ…」
と言って、私の方へ手を出した。
「美里か?」
とその時、オーナーの声がした。
まだアキラは到着していないようだ。
私は早苗が左手に携帯を持っているのに、気がついたのでそれを蹴り飛ばした。
携帯電話が床を滑って、熱帯魚を飼っている水槽台の前まで行ったのでそれを拾って水槽に放り込んだ。
「もしもし、あの……美里ですけど、危険な奴がそちらへ向かってるんで、逃げてください」
と私は言った。
「危険? 誰? っていうか、今どこにいるんだ? 君は無事なのか?」
オーナーの声は低く、取り乱してもいなかった。
「はい、私は無事です。でも、危険な奴があなたを狙ってるの。だから、逃げて」
「危険な奴って?」
「弟」
「弟?」
「ええ」
「弟がいたのか」
「ええ、でももう長い事会ってなかったんだけど……やっぱりろくでなしの血は同じね。弟もハンターだったわ」
「え?」
「あなたを殺すってそっちへ向かったの。だから、逃げてください」
「……君がここへ俺を助けに戻るっていう案はどうだい? 弟じゃ対決できないか」
「……」
「どうして弟は俺を殺すんだ?」
「それは分からないわ。いかれた殺人鬼の考える事なんて。だからあなたは逃げてください」
早苗がよろよろと起き上がったので、私は手に持っていた坊主頭のナイフを早苗の頬に突き刺した。電話中で片手だし、相手も動いているので命中はしなかったけど、かすった箇所から血が出た。本当によく切れるわ。
早苗は驚いて尻餅をついた。
「とにかく、早く逃げてください。アキラは笹本さんのところに自分を売りこみに行くつもりなの。笹本さんにもあんな奴は雇わないように忠告した方がいいわ」
「君が戻ってきてくれるなら、逃げてもいい」
とオーナーが言った。
「今すぐ逃げて」
と言って、私は携帯電話を切った。
すぐに携帯が鳴り始めた。
早苗がこぼれ落ちそうなほどに大きく目を見開いている。
「奥様、だんな様を殺しにいらしたの?」
と私が聞くと早苗は辺りを見渡したり、おどおどとした態度だった。
「もう、誰もいませんわ。私がみ~んな殺しちゃったから」
早苗の視線が二階にいったので、私はナイフを見せてから、
「坊主頭さんももうお亡くなりになったわ」と言った。
早苗の顔が恐怖に引きつった。
「み、美里さん、どうして?」
「どうしてって、話すと長くなるわ。私、奥様の事を岩本なんかと結婚して、気の毒と思ってたけどそうでもなかったのね」
「あの人が悪いのよ!」
「そうよね。悪い男だったわ。チェーンソーで顔を砕いてやったから、私は少しはすっきりしたけど。奥様、聞いてもいいかしら?」
「な、何?」
「アキラの事」
「アキラ君…どうして」
「それはあなたには関係ないわ。アキラは岩本のところでどんな風に過ごしてたのかだけ
知りたいのよ」
「よ、よくは知らないのよ。私が結婚した時にはすでに岩本の近くにいたし、秘書みたいな感じでいろいろ用事をこなしてたみたい。アキラ君、頭がいいからって岩本は褒めてたわ。でもアキラ君は岩本を嫌ってたわ。一千万くれたら殺してやるってアキラ君から言ってきたのよ」
「ふーん、で、一千万が惜しくなって、坊主頭にアキラを殺させに来たわけ」
「……」
「でも、お掃除屋さん雇わないとなんないくらいに私がぐちゃぐちゃにしちゃったから、いっそ警察に通報して、アキラを逮捕させるのに筋書き変更?」
早苗は下を向いた。
「だって仕方がなかったのよ。あの人が……金が惜しいから殺すっていうから」
あの人とは坊主頭の事だろう。
「ふーん。あの坊主頭は奥様の恋人?」
「ね、ねえ、あなたに一千万あげるわ! ね? だから、私を殺さないで!」
「乃愛ちゃんは? 今日は病院に行かなくてもいいの?」
早苗はふんっと横を向いた。
「もうんざりよ。病院の暮らし。ほとんど一日中、あの子の側で! 子供が出来たら結婚して、リッチな奥様になれると思ったのに。一日中、病院よ!」
「可愛いから出来るんでしょう?」
「可愛くなんかないわ。おまけに岩本の子供じゃないって知られて、離婚話が出るし。だから岩本を殺してやろうと思ったのよ!」
「可愛くないの? あなたがお腹を痛めて生んだ子供でしょう?」
「あの子のせいで、どこに行けない。お洒落も買い物も、旅行も、何にも出来やしない!」
早苗は髪の毛を振り乱して、頭を振りながらそう叫んだ。
「本当に可愛くないの?」
「ええ、岩本の前で貞淑でいい母親をやらないとならなかっただけ。岩本が死んだんなら、もうどうでもいいわ。さっさと死んでくれないかしら。ねえ、美里さん、あなたもアキラ君みたいにお金で人を殺せるんでしょ? 一千万に上乗せするから、あの娘も殺しちゃってくれない?」
万が一、聞き間違いだったら困るので、一応最後までしゃべらせてやった。
だが、やはり予想通りに早苗は私に子供を殺せと言った。
三歳の子供を。
携帯は鳴り続けている。
時々切れてはまたかかってくる。
早苗がしゃべり終わった瞬間にサバイバルナイフを早苗の口に突っ込んで、引き裂いた。
すさまじい叫びが早苗の口から出た。
その喉を真横に切り裂いたが、早苗の身体は横倒しに倒れたので、吹き出した血を浴びる事はなかった。
早苗はびくびくと身体を震わせながら、やがて息絶えた。
柔らかい顔の皮膚を切るとぷるぷるぷると裂けて血が何筋も流れた。
ざくざくざくっと顔面をナイフの刃で突いてやると目が潰れて鼻も潰れた。
左右の耳も落としてやった。
薫子にしてやろうと思っていたけど忘れていた、髪の毛の生え際からリンゴの皮をむくようにそいでやると、髪の毛がついた皮膚がべろんと剥がれた。
携帯電話はまだ鳴っている。




