復讐10
でもまだ殺さないわ。
そんな簡単な事。
私は薫子の側に行って、彼女の下腹部を切り裂いた。
薫子の死体は、動きの悪い人形みたいだった。
時々止まりかけるチェーンソーの動きに合わせて、ごつっごつって動く。
「アキラ、子宮ってどれよ?」
「知らねえよ。素手で触らない方がいいぜ。性病が移る」
「どんだけ性病を気にしてんのよ。痛い目にあった事があるの?」
「ねえよ」
私はいつでも趣味を楽しむ時は医療用の薄いゴム手袋をしている。
だからご心配なく。
薫子の開いた下腹部に手をつっこんで中身を取り出してみると、血と脂肪とよく分からない内臓がどろっと出てきた。
「これ、子宮かしら?」
私は岩本の口にそれをつっこんでやった。
「若い女の内臓が好きなんでしょ? 今夜は生で食べたい気分なんでしょ?」
岩本は顔面神経痛のように顔を引きつらせて、首を小刻みに振った。
「食べなさいよ! 食べたら、命だけは助けてあげるわ」
と言うと、岩本は震えながら口を動かして咀嚼を始めた。
嘘なのに。
「おいしい?」
岩本の怯えた目はずっと私を見ている。
「ソーセージもどうぞ」
と言ってアキラが細長い箸のような物で、薫子の腸を掴んで持って来た。
ずるずるっと腸が薫子の腹から出てくる。
ぴかぴかに光って、ぷるんぷるんしてるわ。
若いからかな。
それを見た岩本はぐええええと嘔吐した。
咀嚼中の物が吐き出され、一緒に胃液なんかも出てきた。
「それ何?」
「暖炉の火かき棒みたいなやつ」
「本当にちっとも武器を持ってないのね」
「持ってるさ。ケツの肉はマチェットで削ってやった。内臓は直に触りたくねえもん」
「潔癖ね」
「まあね」
岩本の動きが鈍くなってきた。
まずい、と思った。
出血多量で死なせるなんて、冗談じゃないわ。
「食人なんでしょ? もう少し美味しそうに食べたらいいのに。娘の肉よ? 薫子もパパンの血肉になれて嬉しいって」
薫子の腸を掴んで、また岩本の口につっこんだ。残りは岩本の顔にぐるぐると巻き付けたやった。
「腸ってうんこが詰まってない?」
とアキラが言った。
「詰まってるかもね」
岩本の裂けた腹の中に手をつっこんで掴んだ物を引きずり出すと、ずるずるっと赤黒い物が出てきた。岩本の目はすでに死んでいるが、身体はまだ脈打っていた。
それからチェーンソーを構え直した。血糊と脂肪でそろそろ動きも限界のようだ。
ウイーン、ウイーンと鈍い音がする。
チェーンソーの先を岩本の口の中につっこんでから、私はスイッチを入れた。
シュイーン、ドルドル、ギュイーン。
詰まりながらもチェーンソーは最後の力を振り絞って、岩本の顔を切り裂いた。
口の両端が裂け、歯が砕けて飛んだ。鼻が歪んで裂けた。眼球がひっぱられて飛び出し、目に空洞が出来た。そして顔の骨が砕けていって、空洞も潰れた。
こんなに腹が立つのは、岩本のせいで母親を思い出したからだ。
十五歳の私ではあれが母親に対する最高の復讐だった。
だけど、あんなもので私の怒りはすんでいない事を思い知った。
岩本にしたように母親にしてやりたかった。
だが、もうどうしようもない。
動かなくなったチェーンソーを床に放り出して、私は振り返った。
「アキラ?」
アキラの姿がなかった。
「逃げたわね」
仕方がないのでバスルームへ向かう。
鏡に映った自分は血まみれだった。
さすがにこの姿では外へ出られないので服のままシャワーを浴びた。
頭と顔の血さえ流せればいい。
さっと洗ってバスタオルを拝借していると、
「てめえ!」
とアキラが飛び込んで来た。
「キーをどこへやった!」
「車のキー? つけっぱなしで不用心だから外してあげたわ」
「返せよ!」
「どこへ行くつもりなの?」
「美里には関係ねえよ」
「あの街には行かせないわ」
「へえ、どうして?」
「あんたみたいなイカレタ殺人鬼が住むような街じゃないわ」
「今までイカレタ殺人鬼の自分が住んでたんだろ」
「そうよ。でも殺人鬼が住むような街じゃないのよ」
アキラはそこでけっけっけと笑った。
「執着を消してやるよ。それでいいだろ」
「執着?」
「藤堂さん、殺してやるよ」
「……」
ズボンのポケットに入れておいたアイスピックを握って、アキラのこめかみ辺りを狙ったが、ぱんっと腕を跳ねられてしまった。
バチンっと音がして、身体に電流が流れた。
しまったと思った時は遅かった。
身体に力が入らない。ずるずると床に倒れ込んでしまった。
アキラが私の服のポケットから車のキーを取り出した。
「藤堂さん殺すまでに追いつくといいね。じゃ、お先」
とアキラが言った。
私は床に倒れたまま、去って行くアキラの背中を見ていた。




