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復讐

「もう飽きちゃったわ」

 と私は言った。

 それを言うのに一ヶ月ほど悩んだ。

 けどやはり私は行かなくてはならなかったので、勇気を出して言った。

「え? 何に飽きたって?」

 とオーナーが聞き返したので

「ケーキ屋さんの奥さん」

 と答えた。

「え?」

 とオーナーがもう一度言った。

「ごめんなさい、やっぱり向いてないみたい。奥さんとか」

「…」

 

 私達の新婚生活は一年を待たずに破綻した。

 いや、私が破綻させる。

 私は甘いはずの新婚生活すら破壊するのだ。

 

 私達の中で誰が一番罪深いのかと考えると、それは私だ。笹本さんもオーナーも死んだ動物の肉を使って調理するというだけだ。牛の肉も人間の肉も同じだ。死体の肉なのだから。だけど牛を肉用に潰すのと、人間を殺すのでは違う。

 それは分かっている。

 オーナーはケーキを作り、チョコレートを作る。それが本業。

 おまけの人肉デザートは笹本さんに頼まれて作っているだけだ。由美さんの願いだったとも聞いた。オーナーにとっては大事な妹の遺言でもあるだろう。

 けれど彼自身は何も人肉デザートを作らなければならないわけではない。

 チョコレートやケーキを作るのが好きなのだ。

 人肉デザートを考案する時間があれば、新しいケーキを考えたいのに決まっている。


 だけど、私はそうしなければ生きていけない。

 私は根っからの殺人者で、殺さなければ生きていけない。

 忌み嫌われるべき人間だ。

 私はケーキ屋さんの奥さんなんて可愛い位置にいるべきではなかった。


 最近、近所の奥様方に赤ちゃんはまだか、というような言葉をよく言われる。

 誠にもってお節介な話だし、私は子供を持つべきではない。いらない。

 でも、オーナーはいつか子供が欲しいと思うんじゃないかしら? と考えると、私はここにはいられない。彼は本物の可愛い奥さんをもらって、可愛い赤ちゃんを産んでもらうべきだ。オーナーは人肉を食すこともないし、人肉デザートを作らなくても困ることは何一つない。よく考えてみれば彼は普通の人だった。

 私が妹の敵をとったと思っているのかもしれないけれど、もうその事への感謝は十分だ。

  何もオーナーの一生をかける事はない。


 それを決心するまでに時間がかかった。

 この街はとても素敵で、住んでる人も優しくていい人ばかりだ。

 一時はこのままでいいと思っていた。

 この街は居心地が良すぎて、復讐なんて言葉すら忘れかけていたのだ。

 だけどあの男を再び見てしまったので、私は行かなければならなくなった。

 私は復讐しなければならなかったという事を思い出した。


 何も言わずに出て行こうとも思ったのだけど、それは卑怯かもしれない。

 私は自分の裏切りを彼にはっきりと伝えて、嫌わなければならないと思った。

 私は二度とこの素敵な街に戻りたいなんて思わないように、自分にとどめを刺さなければならなかった。

 戻りたくても、戻れないように。

 オーナーが私を忘れて、いつか素敵なお嫁さんを迎えられるように。

 

「ごめんなさい。こういう人間だから、一カ所に止まっていられない質なのね。この街はもう飽きちゃったわ。お楽しみもマンネリになるし」

 オーナーはあっけにとられたような顔で私を見つめていた。

「な、何を言ってるんだ?」

 時計は午後九時。

 店じまいをして、二階に上がってきて、お風呂に入り、そしてくつろいで食卓についた。

 私はオーナーが手に持ったグラスにビールを注ぎながら、その話を切り出した。

 オーナーはグラスを持ったまま固まっている。

「だからもう出て行こうと思うの」

「…」

 少しの沈黙の後、

「俺は君のやる事を制限した事も反対した事もないだろう?」

「ええ」

「…」

 オーナーはビールの入ったグラスを口もつけずにそのままテーブルに置いた。

「ごめんなさい、としか言いようがないわ。私はずっとこういう風に街から街へ移動して暮らしていたんだもの。同じ場所にはずっといられないのよ。だから離婚してください」

「駄目だ」

 私は用意してあった離婚届をテーブルの上へ置いた。自分の名前欄にはもう記入してあるし、判もついてある。

「記入してください」

「駄目だと言ってるだろ」

「役所には私が出しに行きます」

「駄目だ!」

 オーナーはそう強く言ってから、離婚届を破った。そしてその紙をくしゃくしゃに丸めてからシンク横のゴミ箱に投げいれた。

「君がどこかへ気晴らしに行くのならそれもいい。けど、離婚はしない」

「でも、もう決めたの」

 オーナーは頭を左右に振って、

「嫌だ」

 と言った。

「ごめんなさい。こういう人間なの」


 その夜、遅くまで言い争いをした。朝早くから一日中働いているオーナーは疲れていたので、私は彼に眠るように言った。オーナーは自分が眠ってしまったら私が出て行くつもりだろうと言うので、あなたが納得しないうちは出て行かないと言った。

 もちろん嘘だ。

 私はいつだって自分の痕跡を残さないように心がけている。この街を出ると決めた日から荷物は少しずつ減らしてあるので、今夜持って出る物は財布と携帯電話の入ったバッグ一つだ。自分のコレクションルームは鍵付きなので、そこがすでに空っぽだっていう事にオーナーは気がついていない。

 とはいえ、目指す相手は隣の県だ。一時間もあれば行けてしまう。

 私はすでにその場所に部屋を借りて荷物を運んでいるので、身一つで今からそこで生活出来るようになっていた。

 私はもう一枚記入済みの離婚届をテーブルの上に置いて、チョコレート・ハウスを出た。

 

 この街へ来た時にはほとんど無かった銀行の残高も、笹本さんが引き取ってくれた五人分の食材で潤っている。市長の息子を他の三倍の値段で買い取ってくれたのは、由美さんの敵討ち代金だろうと思う。つつましく暮らせば二年は大丈夫そうだ。私には目的があるので、その為に行動する資金にしようと思う。

 目指す相手の居場所は分かっている。

 あとは殺すだけだ。

 この世に生まれて来た事を後悔するように、殺してやるわ。


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