異常の始まり
俺達は通学路を全力疾走している。周りは、朝の喧騒も落ち着いたところと言った感じだ。犬と散歩をしている50代くらいに見える女性や、ウォーキングをする頭が真っ白になった人達からは好奇の目で見られている。
何で全力疾走しているのかって?答えは単純。
キーンコーンカーンコーン。
と、チャイムの音が響く。
「予鈴だぁ!!」
遅刻しそうだからだ!ちなみに今、校門を駆け抜けたところ。
音尋が叫ぶ。俺らが通う神田南第一中学は遅刻に厳しい…いや、厳しすぎる学校なんだ。
3回遅刻をすると恐怖の廊下掃除が待っている。
なぜ恐怖かと言うと1年から3年まで1組から10組まである第二校舎、さらにご丁寧に特別教室や昔使われていた教室がある第一校舎の廊下をすべて掃除しなければいけない。下手をすれば、4時間以上掛かる上に第一校舎には霊が出る。なんて噂があるぐらいだ。そんなところに、好き好んで掃除しに行くバカはいない。…なんで、遅刻だけは厳しいのかは、学校の不思議の1つらしい。
音尋は次に遅刻すると掃除が決定する状況…つまりもう2回遅刻している。俺はまだ1回だけど。
チャイムが鳴る前に教室に滑り込めばセーフとなる。今、昇降口前にいる俺達は全力で走ってセーフかどうかってとこだな。
「歌尋急げぇ!!」
THE・全力疾走。そんな言葉がぴったりだ。音尋は廊下掃除がかかっているだけに必死だ。二人分の足音が廊下に響く。カンカンカンカン!
「廊下を走らないで下さい」廊下にそんなポスターが貼ってあったけど無視。無視しないと間に合う訳が無い。時間はもう無い。
ここで、俺のクラスが見えてきた。音尋は走りながら、軽く手をあげる。
「じゃな、歌尋!!」
「おう、音尋がんばれ」
俺と音尋のクラスは違うからここで分かれる。引き戸に手をかけて、少し力を入れて引く。
ガラガラッ!
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ったと同時に教室に入る。ぎりぎりセーフだ。廊下掃除にリーチはかからなかった。
そんなことを考えつつも窓際の自分の席に荷物を置くと早速ホームルーム。
「緋野!遅刻ギリギリだぞ。いいかげんにしろ」
「すいませーん」
担任の教師が注意をしてくるが適当に流す。いつものことだからだ。
ところで、俺はホームルームの教師の話と、校長の話ほど嫌いなものはない。どうでもいいことを延々と繰り返すからだ。
よって、暇つぶしのために窓の外に目を向ける。空は、薄い白の雲がかかっている。こういう天気も俺は好きだ。
そこで、教室に喧騒が戻ってきたのを感じる。窓の外から、教卓に目を向けた。いつのまにか教師の話は終わり、引き戸から教師が出て行くところだった。5分間の休憩のあと、1時間目の授業。
「よお、歌尋。今日は遅刻しなかったか」
と、そこで面白そうに笑う声が隣からした。
隣の席には、俺と音尋の中間くらいの高さ。制服のネクタイを緩くしめて、髪の色素は若干薄く、こげ茶色の髪。目の下には小さな涙黒子。
俺はこいつの外見を見るたびにいっそのことホストにでもなったらいいんじゃないのかと思う。
それが俺の3歳からの親友。いや、悪友だろうか、芦田夏樹の風貌だった。ちなみに柔道部所属。
大げさに芝居のようにため息をついてから、また面白がるように夏樹は笑った。
「お前のそういう遅刻癖なんとかしろよ。まだ4月なのに女子からのあだ名が『遅刻』ってどうなんだよ?」
「知るか」
ふと、夏樹の顔を見ると唇の端がピクピク震えている。こいつの癖だ。話したくてうずうずしている時の。何か面白い話でも聞いたか何かしたな。で、話し相手を探していると…。
「それよりよぉ」
――――――予想的中。やはりというべきか。でも、ほとんどがどうでもいい噂話―――誰が誰に告白しただの、誰が誰をフッただの―――であることが多いからだ。
「噂で聞いたんだけど、最近この近辺でライオンを見かける人がいるらしいぜ?」
ライオン。あの、たてがみが生えている、ネコ科の動物で百獣の王といわれているあれか?思考する。・・・・・・。
「ありえねぇーな」
「一刀両断かよ!?」
ひでぇ!等と言いながらのけぞる様な大げさなリアクション。いや、ないだろう。道をライオンが歩いてる光景なんてCGか特撮としか考えられない。もし、そんな場面にでくわしたら警察を呼べ、警察を。
「バカらしい・・・そんなの誰が目撃してんだよ」
「えーと、1組の男子2人と、5組の女子3人。あとは・・・」
「あー、もういいよ」
いや、冗談だろ。ライオンがアスファルトで舗装された道を歩く様子を想像する。俺の想像の中では、パトカーが音を高らかに鳴らしながらやってくる。もしくは、ライフルを担いだ大人だろうか。
俺の考えを知ってか知らずか、喜んで夏樹は言った。
「しかも、何か喋っていたって言うから驚きだよな!」
「あのなぁ・・・」
呆れながら、『もっとありえねーだろ』そう言おうとした時。
「なーにしてんの?」
ゴス。
声がしたと同時に後頭部に鈍い衝撃が走り、勢いを殺しきれず額を机にぶつける。痛い。
そのうえ、後ろのそいつは俺に体重をかけてきた。まぁ、大体検討はついてる。
こんなことをやらかすやつはあいつだけだ。後ろを見ず、声だけで聞く。
「玲…俺達もう中1だぜ?」
「うん、だから?」
後で体重をかけてくる奴の笑い声が聞こえてくる。だからって…。心の中でため息をついて
「年相応の行動をしろって意味だよ」
と言いながら後ろを呆れ顔で見る。黒髪のショートカット、濃い黒の瞳。制服は上着のボタンをはずしている。
そんな装いをした吉川玲がそこには居た。こいつも3歳からの知り合い。というか、俗に言う『幼馴染』って言うのだと思う。こいつとの間では、最近もどかしい事が多い。
顔を真正面から見ると、なんか、こう落ち着かないというか…。
「いいじゃん、いいじゃん。私たちは幼馴染なんだから。ね?」
にっこり笑いそんな事をぬかす。何でもかんでも幼馴染で片付けるのは勘弁して欲しい。お前の行動のおかげでクラスメート達の好奇の視線が痛い。
ちなみに幼馴染は俺、音尋、夏樹、玲の4人。3歳くらいの頃から付き合いだから俺と音尋が別の学校に行っていた間抜いても、もう8年くらいの付き合いになるはず。俺と音尋は小五のころだけ母さんの仕事の都合で県外に行ってたからな。
「ん、ライオンがこの辺で最近目撃されているらしいって話」
「ああ、女の子も数人そんな事言ってたよ」
夏樹は笑いながら説明をする。両手を頭の後ろで組んで楽しそうだ。
いや、それより。夏樹、お前はこの飛びつき癖について何も思わないのか?お前はこの視線をどうとも思わないと。今もなお好奇という名の視線がブスブス突き刺さっているのに。
いいかげん離れろと、うしろで体重をかけていた玲を振り落とす。
とりあえず、俺は考え付いた意見を言う。
「ライオンつっても噂の域をでないしそんなもんがでてるなら警察か何かがどうにかするだろ」
「歌尋、相変わらずその辺冷静だよね」
「冷静じゃない、冷めてんだよ」
夏樹が笑いながら玲の言葉を訂正する。冷静と言うより一般論を述べているだけだ。あと、勝手に人を冷めている扱いにするな。
お前らは、ライオンが道を堂々と歩くところを信じているのか?
「ま、いいだろ。俺らには関係ねえことだし」
そう言って、窓の外を見る。少し青空がのぞいている。少しずつ晴れてきたみたいだ。気温はまだそんなに上がらないから熱中症とかの心配は要らないはず。こんな日は、学校をサボってどこかで昼寝でもしていたい。
「そういえば、歌尋この前3年の先輩たちにからまれていたって聞いたよ」
と、突然話題が変る。玲は、そのことを平然と聞いた。外から夏樹たちの方に視線を向ける。興味を顔に浮かべ、面白そうと思っているであろう友人たち。別に、隠す理由もないから正直に答える。
「ああ、3日ぐらい前にな」
「何でまた?」
夏樹に聞かれてなぜかを考えても答えは出ない。夏樹は口元にニヤニヤしているんで、多分面白おかしい話をできてラッキーなんだろうな。
「先輩は俺の目つきワリィのとかが気に入らねぇんじゃないのかね?」
これに尽きる。まったく、目つきが悪ぃのは生まれつきの遺伝だっての。10対1で囲みやがって。夏樹がニヤニヤ笑いながら尋ねてくる。
ヤロー、完璧に楽しんでやがるな。
「10対1だったんだろ。どうだった?」
「あー、全員その場で全滅だよ。流石に3年がこの前まで小学生だったやつに負けたのは癪だろうから先生にも報告しねーし」
最近は仕返しとかリベンジとかで武器もってきたり、人数が倍ぐらいに増えたりしてるからいちいち面倒だけど。
つーか、始まりは2年の奴が野良犬にBB弾を撃って遊んでてそれにムカついたから喧嘩したんだったよな?ギシギシと椅子を軋ませながら思い出す。
「おーい、緋野。ちょっと来い」
と、そのとき。クラスの担任が俺を呼んだ。あーあ、ついに先輩の誰かが報告したのかね。
先生がお呼びだわ。「はーい」とだけ返事をしてさっさと先生の方にいく。
その日は何から何まで至って普通だった。中学の帰り道、また3年から呼び出された。5人くらいだけど、全員竹刀とか持っていた。まあ、当然全員ぶっ倒して終了だったけど。音尋は結局遅刻をしてまだ廊下掃除をやってるらしい。合掌。8時半までに帰ってこれれば良い方か。
ちなみに先生に呼ばれた理由は、早く課題を提出しろって注意だった。そういえば社会のやつ出してなかったような気がする。
今は、学校からの帰り道を一人で歩いている。なんとなく、そこらをふらふらと歩いていたらこんな時間になっていたからだ。
1人で夜の7時くらいに暗い路地を歩くのは、もう慣れっこだった。…まあ、まさかこんなことに巻き込まれるなんて思ってもいなかったけれど。
いつもどおり1人で歩いていると後のほうで変な音が聞こえてきた。
ズシャッ。
音を立てて前のほうに何かが落ちてきた。ちょうど目の前が砂地だったから砂煙がもうもうと上がる。
「何だ…?」
怪しげなものは常に警戒することが大切だ。これは、今までの経験から確実だといえる。様子がおかしいやつは大抵、隙を狙っているからだ。だから体制を低く、身構える。落ちてきて何かはノソリと起き上がった。そいつを認識した瞬間、驚愕する。なんで、こんなものがここにいるんだ。
砂煙が晴れた時に見えた姿。たてがみ、突き出た鼻、鋭い目。その顔は百獣の王と言う貫禄十分…いや、十二分過ぎる。
いや、しかしそいつは普通なら黄金の鬣をなびかせているはずが今に限っては闇より深い漆黒。
グルル…。
と、そいつは一声鳴く。
「ライオン!?」
何でこんなところに?え?えぇ!?いや、正確にはライオンもどきだけど!頭が軽いパニック状態に陥るのを感じる。
「ライオンを見たって人が…」
今朝の会話がフラッシュバックしてくる。当事者になるなんて考えても見なかった。こういう場合、交番か何かに行ったほうがいいのか…?
自分でも考えることが支離滅裂になるのがわかる。
俺、しっかりしろ。これは現実じゃない。断じてない。あってはならない。
その時ライオンは口を確かにうごかした。その声は、低く、地獄のそこから這い上がってくるような声だった。
…ミツケタ、コイツヲコロス!!
その瞬間から鬼ごっこが始まった。