――禁字《きんじ》――
『――はい。 それでは次に、“使用禁止漢字”について説明します』
教室が静まり返った。
黒板の前に立つ国語教師、 灰崎ミドリは、 いつもより少しだけ真面目な顔をしていた。
六月。
蒸し暑い午後。
窓の外では、 蝉が狂ったように鳴いている。
誰も話を聞いていなかった。
……一人を除いて。
『なぁ、“使用禁止漢字”ってなんだと思う?』
後ろの席の男子、 田上ユウトが小声で笑う。
『都市伝説じゃね?』
『SNSで書くと死ぬとかいうやつ?』
『んなわけ』
クラス中から、 クスクス笑いが漏れる。
だが。
教師は笑わなかった。
『冗談ではありません』
その声で、 空気が変わった。
灰崎先生は黒板に、 大きくチョークで文字を書く。
【■■】
しかし。
書いた瞬間だった。
バキン!!
チョークが折れた。
教室の電気が、 一瞬だけ消える。
『っ……』
先生の顔色が青い。
黒板を見る。
そこにはもう、 文字が消えていた。
誰かが呟く。
『……今、何書いた?』
誰も答えられない。
思い出せない。
たった今見たはずなのに。
先生は震える手で、 黒板を消した。
『いいですか。 これから先、 “あの漢字”を見ても、 書いても、 読んでもいけません』
教室の空気が冷える。
『特に――』
先生がゆっくり言った。
『スマートフォンで変換してはいけない』
その瞬間。
教室後方で、 女子の悲鳴が上がった。
『え……?』
全員が振り向く。
窓際の席。
女子生徒の一人が、 スマホを落としていた。
画面には、 文字入力画面。
そこに、 見たことのない漢字が表示されている。
グチャ……
嫌な音がした。
女子生徒の右目から、 黒い液体が溢れ始める。
『え……なに……?』
ボタボタ。
黒い液が床へ落ちる。
クラス全員が凍りついた。
彼女はゆっくり顔を上げる。
そして、 笑った。
『みつけた』
瞬間。
彼女の首が、 ありえない方向へ捻じ曲がった。
ゴキン!!
悲鳴。
机が倒れる。
誰かが吐く。
女子生徒は、 折れた首のまま立ち上がる。
口が裂ける。
そこから、 黒い“文字”が溢れ出していた。
漢字だった。
無数の、 読めない漢字。
それらが虫のように床を這う。
『逃げろォォォ!!』
誰かが叫ぶ。
教室がパニックになる。
だが、 灰崎先生だけは絶望した顔で呟いた。
『もう遅い……』
彼女は震えながら、 黒板を見つめる。
そこにはいつの間にか、 大量の文字が浮かんでいた。
【見タ者ハ書キタクナル】
【書イタ者ハ読ミタクナル】
【読ンダ者ハ】
その先は、 黒い染みで潰れていた。
ユウトは震える。
意味がわからない。
だが一つだけ、 本能で理解できた。
“あの漢字”は、 人間に読まれることで、 この世界へ出てくる。




