殴っても、救えない場所
戦場は、音が多すぎた。
剣がぶつかる音。
怒号。
悲鳴。
そして、遅れて届く血の匂い。
「……ここが、前線です」
団長が、低く言う。
「想像より、静かですね」
私の声は、妙に落ち着いていた。
「慣れです」
その言葉が、重い。
陣地の外。
負傷兵が、次々に運び込まれてくる。
「聖女様!」
「癒しを!」
伸びる手。
私は、止まった。
「……待ってください」
その一言で、空気が固まる。
「全員は、救えません」
正直に言った。
「優先順位を、決めます」
どよめき。
「呼吸がある人」
「止血が可能な人」
「今、殴っても間に合わない人は、後回しです」
冷たい言葉。
でも、現実。
「……分かりました」
医師が、歯を食いしばる。
治療が始まる。
その間も、外では戦闘。
「……来ます」
斥候が、叫ぶ。
「敵部隊、突破!」
私は、陣地の外に出た。
剣を構えた敵兵。
目が合う。
若い。
怖がっている。
「……」
拳を、握る。
踏み込む。
殴る。
骨が、軋む感触。
倒れる。
でも。
次が来る。
次も。
終わらない。
「……団長!」
叫ぶ。
「止まりません!」
「分かってる!」
敵も、必死だ。
命を賭けて、命を奪いに来ている。
「……殴っても」
息が、荒い。
「救えない……!」
足元に、倒れている兵。
敵か、味方か。
もう、分からない。
その時。
砲撃。
地面が、跳ねた。
「伏せろ!」
衝撃。
視界が、白くなる。
気づいた時、私は地面に転がっていた。
「……聖女殿!」
団長の声。
体は、動く。
でも。
視界の端。
瓦礫の下に、人影。
「……っ」
駆け寄る。
少年兵。
まだ、子どもだ。
「……助けて」
掠れた声。
私は、瓦礫を持ち上げようとした。
重い。
無理だ。
「……ごめんなさい」
声が、震える。
「殴っても、
これは、どかせない」
少年は、笑った。
「……聖女でも、
無理なもの、あるんだな」
そのまま、動かなくなる。
私は、立ち尽くした。
夜。
陣地の端で、拳を見つめる。
血と、土と、震え。
「……全部、止められると思ってましたか」
団長が、隣に座る。
「……少しは」
正直に言う。
「無理です」
「ええ」
彼は、空を見る。
「戦場は、
殴る相手を、選ばせてくれません」
私は、手袋を外した。
「……それでも」
拳を、握る。
「殴るのを、やめません」
「なぜ?」
「やめたら」
声が、低くなる。
「ただ、見てるだけになる」
団長は、何も言わなかった。
戦場で。
初めて。
私は、理解した。
暴力は、万能じゃない。
でも。
ゼロにしたら、
もっと多くが、死ぬ。




