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聖女たるもの見過ごす訳には参りません  作者: 櫻木サヱ
聖女は民の中に立たされる

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それでも、拳を下ろさない

夜明け前。


 空は、まだ青に届かない灰色だった。


 私は、武具庫にいた。


 祈具でも、聖典でもない。

 そこに並ぶのは、剣、盾、鎧。


「……聖女が、ここに来るとは」


 番兵が、困惑した声を出す。


「見学です」


 そう答えて、歩く。


 私は、剣を取らない。


 盾も、持たない。


 選んだのは――革の手袋。


 拳を守るためのもの。


「……殴る準備、ですか」


 団長の声。


 振り返らずに言う。


「殴らないための準備です」


 手袋を、はめる。


 きつく、締める。


「私の拳は」


 静かに。


「止めるために使う」


 街に出ると、空気が違った。


 噂は、もう隠されていない。


「反聖女派が、動く」


「次は、夜だ」


 恐怖が、流れている。


「……配置、完了しました」


 団長が、報告する。


「ありがとう」


 私は、深く息を吸った。


 夜。


 案の定、火が上がった。


「倉庫だ!」


「人がいる!」


 私は、走った。


 迷いは、ない。


 扉を蹴破る。


 中には、武装した男たち。


 そして、縛られた人々。


「……来たか、聖女」


 中心に立つ男。


「今回は、殴るしかないぞ」


「ええ」


 私は、頷いた。


「その通りです」


 男が、笑う。


「やっと本性を――」


 踏み込む。


 拳を、振るう。


 躊躇は、ない。


 顎。

 鳩尾。

 膝。


 倒す。

 止める。

 殺さない。


「っ……!」


「聖女が……!」


 恐怖の声。


 私は、叫ばない。


 淡々と。


 一人、また一人。


 団長と騎士が、制圧。


 最後に、男が残った。


「……化け物め」


「いいえ」


 私は、拳を下ろした。


「人です」


「人が、殴る理由を選んだだけ」


 男を、地面に伏せさせる。


 縛り上げる。


 倉庫の外。


 助け出された人々が、震えながらこちらを見る。


「……聖女様」


 私は、目を逸らさない。


「怖いですよね」


 正直に言う。


「でも」


 拳を見る。


「私は、見過ごしません」


 夜明け。


 街に、静けさが戻る。


「……やり切りましたね」


 団長が言う。


「ええ」


 私は、手袋を外した。


 拳は、赤い。


 血ではない。


 責任の色だ。


「聖女たるもの」


 空を見上げる。


「見過ごす訳には、参りません」


 それが、私の答え。

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