聖女たるもの、それでも信じられます
診療所の再開から、しばらく経った。
大きな混乱は、起きていない。
それが、何より不安だった。
「静かすぎるのも、怖いですね」
私は、少し離れた路地から様子を見ていた。
「今は、良い静けさです」
騎士団長が言う。
「少なくとも、血は出ていません」
「それは、評価点高いですね」
苦笑する。
診療所の前で、小さな騒ぎが起きた。
子どもが、転んで泣いている。
母親が、慌てて抱き起こす。
すぐに、医師が駆け寄った。
「大丈夫ですよ」
手際よく、処置が進む。
「……」
私は、何もしていない。
それが、少しだけ寂しくて、
少しだけ、誇らしい。
「聖女」
団長が、真剣な声で言う。
「評議会の一部が、
あなたの処遇を見直し始めています」
「良い方向で?」
「……半々です」
「知ってました」
私は、肩をすくめた。
「でも」
団長は続ける。
「“殴らない聖女”を、
評価する声が増えています」
私は、目を瞬いた。
「……意外」
「あなたが殴らない時ほど、
民は考えさせられる」
少し、考える。
「それ、褒めてます?」
「最大級に」
その時。
一人の老人が、こちらに気づいた。
「あんた……」
私は、反射的に身構える。
「……聖女様だな」
「はい」
身構えたまま、答える。
老人は、深く頭を下げた。
「この前は、
孫を診てもらった」
「……いえ」
私は、首を振る。
「私は、何も」
「分かってる」
老人は、穏やかに笑った。
「でもな」
一歩、近づく。
「殴らなかっただろ」
「……」
「それで、助かった」
胸が、ぎゅっとなる。
「ありがとう」
老人は、それだけ言って去っていった。
しばらく、言葉が出なかった。
「……団長」
「はい」
「殴らないの、
向いてないと思ってました」
「今も?」
「……今も、あまり向いてません」
笑う。
「でも」
空を見る。
「信じてもらえるなら、
悪くないですね」
その日の夕方。
王から、短い伝言が届いた。
“象徴は、立ち続ける者だ”
私は、紙を畳んだ。
拳を、開く。
殴る力も、
殴らない覚悟も、
両方持っている。
それで、いい。
聖女たるもの。
それでも、信じられる。




