聖女たるもの、殴るより重い選択をします
その夜、私は眠れなかった。
目を閉じると、診療所の光景が浮かぶ。
伸ばされた手。
疑いの目。
期待と失望が、混ざった顔。
「……重たい」
独り言が、闇に落ちる。
扉が、静かにノックされた。
「聖女」
騎士団長の声。
「起きています」
扉が開き、団長が入ってきた。
「王からです」
差し出されたのは、封書。
中身は、短い。
“北区診療所、閉鎖を検討する”
私は、紙を握り潰しかけた。
「……逃げ道ですね」
「ええ」
団長は、頷く。
「混乱を防ぐため。
あなたを、これ以上晒さないため」
「でも」
私は、顔を上げる。
「閉めたら、誰が診るんです?」
「民間の医師はいます」
「足りません」
即答。
「今日だけで、分かりました」
沈黙。
「聖女」
団長が、静かに言う。
「これは、殴れない問題です」
「分かってます」
私は、立ち上がった。
「だから」
封書を、机に置く。
「選ばなきゃいけない」
翌朝。
私は、王の前に立っていた。
「反対します」
単刀直入。
「理由は」
「閉鎖は、敵の思う壺です」
「……」
「混乱を恐れて、
救う場を閉じれば」
拳を、軽く握る。
「“聖女は責任を放棄した”と、
必ず言われます」
王は、黙って聞いていた。
「では、どうする」
「私が、責任を取ります」
「……具体的に」
私は、息を吸う。
「診療所を、王城直轄に」
「大胆だな」
「ええ」
頷く。
「聖堂から切り離し、
資金と人員を透明化します」
「聖女が、管理するのか」
「いいえ」
首を振る。
「第三者を立てます」
王の目が、細くなる。
「聖女の権限を、
自ら削るのか」
「はい」
はっきり答える。
「それが、一番効きます」
長い沈黙。
やがて、王は言った。
「……分かった」
「王!」
「責任は、私も負う」
私は、一礼した。
城を出ると、団長が待っていた。
「……本当に、殴りませんでしたね」
「ええ」
少し、笑う。
「代わりに、
自分の立場を殴りました」
数日後。
診療所は、形を変えて再開した。
看板から、
“聖女”の文字は消えた。
それでも、人は来る。
「……あれ?」
誰かが呟く。
「聖女様、いないの?」
私は、少し離れた場所から見ていた。
「いなくても、回るなら」
団長を見る。
「それで、いいんです」
胸は、少し痛む。
でも。
殴るより、
ずっと重い選択だった。
聖女たるもの。
自分を削る覚悟も、
必要なんです。




