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聖女たるもの見過ごす訳には参りません  作者: 櫻木サヱ
聖女は殴れない場所に立たされる

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聖女たるもの、殴れないことを利用されました

それは、あまりにも静かに始まった。


 朝。


 王都に、鐘が鳴った。


 火事でも、侵入でもない。

 ましてや、暴動でもない。


「……救護要請?」


 私は、伝令の紙を見て眉を寄せた。


「北区の診療所です」


 騎士団長が言う。


「負傷者多数。ただし、争いの形跡なし」


「……嫌な匂いがしますね」


「同感です」


 診療所は、すでに人で溢れていた。


 泣き声。

 うめき声。

 怒鳴り声。


「聖女様!」


「助けてください!」


「奇跡を……!」


 私は、入口で立ち止まった。


「……これは」


 傷は浅い。

 でも、数が多すぎる。


「同時多発です」


 団長が、低く言う。


「殴り合いでもなく、

 事故でもなく……」


「誘導された」


 私は、はっきり言った。


 その瞬間。


「ほら来たぞ!」


 誰かが叫ぶ。


「殴らない聖女だ!」


 ざわめきが、方向を変える。


 視線が、私に集まる。


「聖女様なら、治せるだろ!」


「奇跡を使え!」


「殴らないんだろ!なら祈れ!」


 私は、息を呑んだ。


 これだ。


 殴れない場所。

 殴れない状況。

 殴らない聖女。


 それを、利用された。


「……皆さん」


 声を張る。


「順番に――」


「順番なんて、待てるか!」


 男が、前に出た。


「殴らないなら、

 せめて奇跡くらい見せろ!」


 私は、その男を見た。


 傷は、わざとらしい。


「あなた」


 一歩、近づく。


「どうやって、その怪我をしましたか」


「……転んだ」


「違いますね」


 男の目が、泳ぐ。


 その瞬間。


「聖女が疑った!」


「助けを求めたのに!」


 声が、重なり合う。


 怒りが、伝播する。


「……団長」


 小声で言う。


「これは、殴ったら終わりです」


「ええ」


「でも」


 拳を、握る。


「殴らなくても、

 放置したら終わりです」


 私は、一歩前に出た。


「聞いてください」


 叫びは、止まらない。


「私は」


 さらに声を張る。


「全員を、今すぐ救えません」


 一瞬、静まる。


「……何だと?」


「奇跡は、万能じゃない」


 はっきり言う。


「ここにいる全員を一度に救うほど、

 私は、神じゃありません」


 怒号が、再び上がりかける。


「でも」


 私は、手を上げた。


「誰を見捨てるかも、

 私には決められません」


 沈黙。


「だから」


 視線を巡らす。


「嘘をついた人から、

 外に出てください」


 ざわめき。


「本当に苦しい人から、

 診ます」


 男が、後ずさる。


「……何だよ、それ」


「殴らない代わりです」


 私は、真っ直ぐ言った。


「誠実であることを、

 ここでは強制します」


 一人、また一人。


 目を逸らし、出ていく。


 数は、半分以下になった。


 残った人々は、黙って待っている。


「……始めましょう」


 私は、袖をまくった。


 奇跡は、派手じゃない。

 回復も、完全じゃない。


 それでも。


「ありがとう……」


 その一言が、胸に刺さる。


 診療所を出る頃には、夕方だった。


「……罠でしたね」


 団長が言う。


「ええ」


 私は、深く息を吐いた。


「殴れない聖女を、

 信用と疲労で潰す罠」


「それでも、乗りました」


「ええ」


 拳を、開く。


「殴らないと決めた以上、

 逃げる方が、卑怯なので」


 遠くで、誰かが私を睨んでいる。


 敵は、まだいる。


 しかも。


 賢くなっている。


 聖女たるもの。


 殴れないことすら、

 武器にされるんです。

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