聖女たるもの、それでも怒りは溜まります
夜。
王城の一室で、私は机に突っ伏していた。
「……むり」
「倒れないでください」
騎士団長が、呆れ半分で声をかける。
「殴らない方が、疲れますね」
「それは、あなたの特殊事情です」
「自覚はあります」
書類の山が、視界を塞ぐ。
支援申請、嘆願書、抗議文。
どれも、聖女宛て。
「今日一日で、これです」
「まだ、増えますよね」
「確実に」
私は、天井を仰いだ。
「……殴りたい」
「今日はダメです」
「分かってます」
唇を噛む。
「だから、余計に溜まるんです」
団長は、少し考えた。
「一つ、報告があります」
「悪いやつですか」
「ええ」
即答。
「孤児院の裏で、
資金を横流ししていた聖職者がいます」
私は、ゆっくり起き上がった。
「……場所は」
「聖堂内部」
拳が、ぎゅっと握られる。
「殴れない」
「殴れません」
「……知ってます」
深呼吸。
「証拠は?」
「帳簿、証言、金の流れ」
「完璧ですね」
立ち上がる。
「行きましょう」
夜の聖堂は、静まり返っていた。
蝋燭の火が、揺れる。
「ここは、殴ると終わる場所です」
私は、自分に言い聞かせる。
祭壇の奥。
聖職者が、一人。
「……聖女様」
顔色が、変わる。
「話があります」
「な、何でしょう」
「孤児院の寄付金」
一歩、近づく。
「どこへ消えましたか」
「……」
「答えないなら」
拳を、腰の位置で止める。
「殴りませんが」
視線を、外さない。
「一晩、話を聞きます」
男は、崩れ落ちた。
「ち、違うんです……」
「違わない」
団長が、静かに言う。
「証拠は揃っている」
「……っ」
男は、泣き出した。
「殴らないでください……!」
私は、眉を寄せた。
「殴りません」
低く言う。
「あなたは、殴られる資格すらありません」
男が、顔を上げる。
「……え」
「責任を、全部取ってもらいます」
帳簿を、机に置く。
「名前を公表し、
財産を没収し、
一生、償わせます」
男は、声を失った。
「それが」
私は、背を向ける。
「殴れない場所での、
最も重い罰です」
聖堂を出た後。
夜風が、冷たい。
「……我慢しましたね」
団長が言う。
「はい」
私は、手を開いた。
震えている。
「本当に、殴りたかった」
「でしょうね」
少し、笑う。
「でも」
歩き出す。
「殴らない選択が、
一番効く相手もいます」
聖女たるもの。
怒りは、溜まる。
でも。
溜めた分だけ、
向け方を選べるようになる。




