聖女たるもの、それでも前に立ちます
処分が下ってから、数日。
王城は、妙に整っていた。
騎士団の動きは規則正しく、
評議会は静かで、
街も、一見すると平穏だ。
「嵐の後って、だいたいこんなものですね」
城壁の上で、私は街を見下ろしていた。
「嵐は、まだ終わっていません」
隣に立つ騎士団長が、低く言う。
「分かってます」
頷く。
「終わった“ふり”をしているだけ」
聖女の行動制限は、すでに知れ渡っていた。
民の反応は、割れている。
「やりすぎだ」
「でも、守ってくれた」
「怖いけど……頼もしい」
私は、それでいいと思っていた。
全員に好かれる必要なんて、ない。
「聖女」
団長が、少し言いにくそうに切り出す。
「あなたは……怖くありませんか」
「何がです?」
「象徴になることが」
私は、少し考えた。
「怖いですよ」
即答。
「殴れば、英雄。
間違えれば、怪物」
「……」
「でも」
風に、髪が揺れる。
「誰かが立たないと、
もっと簡単に壊れる場所がある」
団長は、黙って聞いていた。
そこへ、伝令が駆けてくる。
「聖女様!」
「どうしました」
「南区で、暴動寸前です」
「理由は」
「食糧配給を巡って、
不正の噂が……」
私は、目を閉じた。
「……来ましたね」
目を開ける。
「行きましょう」
「今は、監督下です」
「分かってます」
杖を持つ。
「だから、一緒に来てください」
南区。
怒号が飛び交い、
石が投げられ、
人々が、今にも殴り合いを始めそうだった。
「聖女だ!」
「来るな!」
「助けてくれ!」
矛盾した声が、渦を巻く。
私は、一歩前に出た。
「静かにしてください」
声は、大きくない。
でも、ざわめきが少しだけ収まる。
「不正があったかどうか」
人々を見る。
「調べます」
「信用できるか!」
男が叫ぶ。
「信用しなくていいです」
私は、真っ直ぐ言う。
「だから、私がここにいます」
男が、拳を振り上げた。
次の瞬間。
私は、その腕を掴み、地面に押さえつけた。
「……っ!」
「殴りたい気持ちは、分かります」
低く、囁く。
「でも、今殴ったら」
目を見る。
「あなたが悪者になる」
周囲が、静まり返る。
私は、男を放した。
「怒ってください」
立ち上がる。
「疑ってください」
杖を、地面に立てる。
「でも」
少しだけ、声を強める。
「人を殴る前に、
私を使ってください」
沈黙。
やがて、誰かが言った。
「……聖女様」
「話、聞いてくれるのか」
私は、頷いた。
「全部」
騎士団が動き出す。
秩序が、少しずつ戻っていく。
夕暮れ。
その場を離れる時、団長が言った。
「殴らなかったですね」
「ええ」
少し笑う。
「今日は、必要なかった」
空が、赤く染まる。
私は、立ち止まった。
「象徴って」
独り言のように言う。
「立派で、綺麗で、
触れちゃいけないものだと思ってました」
拳を、開く。
「でも、本当は」
人々の方を見る。
「矢面に立って、
汚れて、
嫌われる役なんですね」
団長は、何も言わなかった。
その沈黙が、肯定だった。
聖女たるもの。
それでも前に立つ。
殴る時は、殴る。
止める時は、止める。
逃げない。
象徴であることからも、
責任からも。




