聖女たるもの、怒ってはいけないと誰が決めました
朝になっても、城は落ち着かなかった。
昨夜の暗殺未遂は、隠しきれない。
噂は形を変え、尾ひれをつけ、王都を巡っている。
「聖女が三人倒したらしい」
「素手で?」
「いや、目が光ったとか……」
「もう、それ魔王ですよね」
廊下の端で聞こえた会話に、私は小さく突っ込んだ。
「笑っていられる状況ではありません」
騎士団長が、苦い顔で書類を抱えている。
「分かってます」
私は、紙束を受け取った。
「……これは?」
「昨夜捕らえた刺客の供述です」
目を通す。
短い。
必要最低限。
「依頼主は?」
「偽名のみ。ただし」
団長は、声を落とす。
「金の流れが、評議会の一人と一致しました」
私は、指を止めた。
「……名前は」
「まだ、公式には出せません」
「でしょうね」
紙を置く。
「王は?」
「今日の夕刻、非公開で評議会を開きます」
「非公開」
繰り返す。
「つまり、表では何も起きない」
「ええ」
私は、窓の外を見る。
人々は、いつも通り歩いている。
何も知らない顔で。
「……ねえ、団長」
「何でしょう」
「聖女は、どこまで我慢すべきだと思います?」
団長は、即答できなかった。
「殴っていい線引きって、どこですか」
「それは……」
「民の前では殴らない。
王の前では控える。
象徴だから、怒るな。暴れるな」
自分の声が、少しだけ震える。
「じゃあ」
顔を上げる。
「誰が、裏で人を殺そうとした連中を止めるんです?」
団長は、目を逸らさなかった。
「あなたです」
即答だった。
「……ひどい」
苦笑する。
「ひどい役回りです」
「ええ」
団長は、はっきり頷いた。
「ですが」
少し、柔らかい声で。
「あなた以外に、いません」
夕刻。
評議会室の外。
私は、扉の前に立っていた。
「入室許可は出ていません」
衛兵が、困った顔で言う。
「知ってます」
私は、にこやかに返す。
「でも、来ました」
扉の向こうから、声が聞こえる。
「聖女が過激化しているのは問題だ」
「象徴の自覚が足りん」
私は、深く息を吸った。
次の瞬間。
扉を、蹴った。
鈍い音。
室内が、凍りつく。
「失礼します」
私は、真ん中に立つ。
「議題にされている本人です」
「な、何をしている!」
「非公開だぞ!」
「ええ」
ゆっくり、見回す。
「だから、都合がいい」
一人の男を、指差す。
「昨夜の刺客。
あなたの金で動いていますね」
「証拠はあるのか!」
「あります」
一歩、近づく。
「本人が、名前を吐きました」
「虚偽だ!」
男が立ち上がる。
私は、机を叩いた。
ひびが走る。
「嘘をつくな」
室内が、静まり返る。
「私は、怒っています」
声は低い。
「でも、理性はあります」
男の襟首を掴む。
「だから、殺しません」
そのまま、床に叩き伏せる。
「でも」
周囲を見る。
「これ以上、民に手を出すなら」
拳を、床に落とす。
「次は、止まりません」
誰も、反論しなかった。
王の声が、背後から響く。
「……下がれ」
振り返ると、王が立っていた。
「続きは、私が引き受ける」
「承知しました」
私は、一礼した。
部屋を出る。
廊下で、団長が待っていた。
「やりすぎですか」
「いいえ」
首を振る。
「必要でした」
私は、拳を見つめる。
まだ、少し震えている。
聖女たるもの。
怒ってはいけないなんて、
誰が決めたんでしょうね。




