聖女たるもの、命を狙われて一人前です
その夜。
王城の廊下は、異様なほど静かだった。
見張りの足音が、遠い。
灯りも、いつもより落とされている。
「……分かりやすい」
私は、ため息をついた。
「ここまで露骨だと、逆に助かります」
背後で、微かな気配。
反射的に身を低くする。
次の瞬間、頭上を風が裂いた。
矢。
石壁に突き刺さり、鈍い音を立てる。
「はいはい」
杖を構える。
「聖女暗殺未遂。
教科書通りすぎて、眠くなりますね」
闇の中から、黒装束の男が現れた。
「……喋るな」
「無理です」
即答。
「これ、職業病なので」
男が、短剣を構えて距離を詰める。
速い。
殺す気の動き。
「本気ですね」
私は、床を踏み鳴らす。
石がせり上がり、男の足首を絡め取る。
体勢が崩れた瞬間。
拳で、顔面を殴った。
鈍い音。
「っ……!」
「一つ」
もう一発、腹。
「二つ」
膝をつかせる。
「聖女に近接戦、仕掛ける時点で」
髪を掴み、顔を上げさせる。
「勉強不足です」
男は、歯を食いしばったまま、何も言わない。
「プロですね」
感心してしまう。
「でも」
壁に叩きつける。
「プロほど、折れると早い」
数分後。
男は、床に転がっていた。
意識はある。
命もある。
「名前」
「……」
拳を、振り上げる。
「待ってください」
背後から、声。
騎士団長だった。
「尋問は、こちらで」
「了解です」
私は、手を下ろした。
「ちなみに」
団長に向き直る。
「今夜、何人来ます?」
「三。もしくは四」
「じゃあ」
杖を肩に担ぐ。
「全部、私の前を通してからにしてください」
「……囮になる気ですか」
「もう、なってます」
団長は、苦い顔をした。
「王が知ったら、怒ります」
「でしょうね」
笑う。
「でも、知ってます?」
「何を」
「こういう時」
廊下の闇を見る。
「敵は、必ず焦る」
その通りだった。
次の矢が、飛んでくる。
「ほら」
私は、前に出た。
矢を、素手で掴む。
痛みはある。
でも、致命傷じゃない。
「雑です」
投げ返す。
闇の向こうで、悲鳴。
「聖女だぞ……!」
別の声が、震えていた。
「そうです」
私は、静かに言う。
「だから」
一歩、踏み込む。
「逃げるなら、今ですよ」
数秒後。
廊下には、動けない刺客が三人。
騎士たちが、駆けつける。
「制圧完了……!」
私は、壁にもたれた。
「……さすがに」
息を吐く。
「疲れました」
団長が、隣に立つ。
「あなたは、本当に」
「聖女向いてませんよね」
先に言う。
「ええ」
小さく笑った。
「でも」
血のついた手を、見下ろす。
「これでも、誰かが生き延びるなら」
団長は、何も言わなかった。
その沈黙が、答えだった。
聖女たるもの。
命を狙われて、
ようやく本番です。




