聖女たるもの、矢面に立つ覚悟はあります
翌朝。
王都は、やけに静かだった。
噂というものは、もっと派手に広がるものだと思っていたけれど、今回は違う。
人々は口を閉ざし、目だけで何かを測っている。
「……始まりましたね」
窓辺で、騎士団長が呟いた。
「ええ」
私は、椅子に座ったまま靴紐を結び直す。
「嵐の前って、こんな感じです」
「普通、聖女が言う台詞ではない」
「普通の聖女じゃないので」
団長は苦笑した。
「昨夜の件、評議会に伝わりました」
「反応は?」
「半分は沈黙。半分は激怒」
「分かりやすいですね」
沈黙している方が、厄介だ。
「王は?」
「今日の昼、正式な場を設けるそうです」
「公開で?」
「ああ」
私は、少し考えた。
「……なるほど」
「行く気ですか」
「行かない理由がありません」
団長の視線が鋭くなる。
「罠かもしれない」
「でしょうね」
立ち上がる。
「だからこそ、行きます」
窓の外。
広場の準備が進んでいるのが見えた。
「彼らは、“聖女が殴る姿”を見せたい」
「……」
「なら」
私は、杖を手に取る。
「殴る理由も、殴った後も、全部見せます」
昼。
王城前広場は、人で埋まっていた。
ざわめき。
好奇の視線。
疑念と期待が、入り混じる。
壇上に立つ王の横に、私は立った。
「聖女だ……」
「昨日、倉庫で……」
「暴力を振るったって……」
囁きが、刺さる。
王が、声を張った。
「王都に、不穏な動きがあった」
空気が、張りつめる。
「聖女は、それを阻止した」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「力で押さえつけただけだろう!」
誰かが叫んだ。
「聖女なら、奇跡で解決すべきだ!」
私は、一歩前に出た。
「そうですね」
自分の声が、驚くほど冷静だった。
「殴らなくて済むなら、殴りません」
ざわめきが、大きくなる。
「でも」
私は、群衆を見る。
「話が通じない相手に、祈りは効きません」
「……!」
「私が殴ったのは」
拳を、軽く握る。
「民を裏切り、
王都を売り、
命を駒にした人間です」
沈黙。
「それでも、私を怖いと思いますか」
誰も、すぐには答えなかった。
やがて、小さな声。
「……守ってくれたんだろ」
「聖女様は……」
私は、深く息を吸う。
「勘違いしないでください」
きっぱりと言う。
「私は、優しくありません」
間。
「でも」
視線を、逸らさない。
「見過ごしません」
王が、ゆっくりと頷いた。
「これが、この国の聖女だ」
拍手は、起きなかった。
歓声もない。
それでも。
人々は、目を逸らさなかった。
壇上を降りる時、団長が囁く。
「……敵は、完全にあなたを狙います」
「知っています」
歩きながら答える。
「だから、ようやく対等です」
聖女たるもの。
矢面に立つ覚悟くらい、
とっくにできている。




