聖女たるもの、王の前では嘘をつきません
呼び出しは、夜だった。
形式も、儀礼もない。
王の私室。
「来たか」
王は、机に地図を広げたまま、顔を上げた。
「呼ばれたら、来ます」
「祭の後に、よく立っていられるな」
「慣れました」
「……そうか」
一瞬、沈黙。
王は、椅子を示した。
「座れ」
私は、従った。
「今日の件」
王は、前置きをしなかった。
「裏で、確実に一線を越えた」
「承知しています」
「評議会は、まだ事態を理解していない」
「でしょうね」
王は、鼻で笑った。
「分かっていたら、あんな真似はしない」
地図を、指で叩く。
「中央倉庫。
完全に、こちらの内側だ」
「……つまり」
「敵は、内部に食い込んでいる」
私は、息を吐いた。
「ようやく、そこまで来ましたか」
「遅いと思うか」
「いいえ」
正直に答える。
「王が、そこまで認めたなら」
王は、目を細めた。
「お前は、本当に恐れないな」
「恐れています」
即答。
「だから、嘘をつきません」
王は、黙った。
「私は、あなたの盾にはなれません」
言葉を選ばず、続ける。
「綺麗な象徴にも、都合のいい聖女にも」
拳を、膝の上で握る。
「でも」
顔を上げる。
「汚い仕事なら、引き受けます」
王の視線が、鋭くなる。
「……見返りは」
「一つだけ」
「言え」
「私を、切り捨てないでください」
王は、即答しなかった。
長い沈黙。
やがて、低く言う。
「それは、約束できん」
「分かっています」
「だが」
王は、私を見る。
「簡単には、切らん」
それで、十分だった。
「聖女」
「はい」
「お前は、危険だ」
「自覚しています」
「だが」
王は、地図を畳む。
「今の王都には、必要だ」
私は、少しだけ笑った。
「褒められてませんよね」
「褒めていない」
王も、わずかに口角を上げる。
「一つ、忠告だ」
「何でしょう」
「一人で背負うな」
意外な言葉だった。
「お前が倒れれば、
象徴は一気に“悲劇”に変わる」
「……」
「それを、奴らは狙う」
私は、静かに頷いた。
「覚えておきます」
部屋を出る前、王が言った。
「聖女」
「はい」
「生きろ」
それは、命令ではなかった。
願いに近い。
廊下に出ると、騎士団長が待っていた。
「どうでした」
「胃が、さらに痛くなりました」
「それは……」
「でも」
私は、歩き出す。
「一人じゃないって、分かりました」
拳を、軽く握る。
聖女たるもの。
王の前でも、
自分にだけは、嘘をつかない。




