聖女たるもの、笑顔の裏で修羅場を踏みます
王都祭は、想像以上に人が多かった。
通りには屋台。
音楽。
笑い声。
「聖女様ー!」
子どもが、手を振ってくる。
私は、反射的に手を振り返した。
(あ、今のは素)
「いい笑顔ですね」
隣で、騎士団長がぼそっと言う。
「演技です」
「本当ですか」
「……半分」
舞台へ向かう途中、異変は始まっていた。
人の流れが、微妙に歪む。
押されるように、特定の場所へ集められている。
(誘導)
私は、歩きながら低く言った。
「配置、変わってます」
「確認済みです」
「裏の人間ですね」
「ほぼ確実に」
舞台に上がると、歓声が一段と大きくなる。
「聖女様だー!」
光。
音。
祝福。
私は、笑顔で手を振る。
(胃、痛い)
司会者が、声を張り上げる。
「それでは、聖女様より――」
その瞬間。
遠くで、悲鳴。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
(来た)
私は、マイクを受け取った。
「……皆さま」
声は、よく通る。
「少し、詰めてください」
ざわり。
「後ろの方も、前へ」
司会者が、目を丸くする。
(避難誘導)
人混みの死角を、潰す。
同時に。
騎士団長へ、視線。
(行って)
彼は、わずかに頷いた。
再び、悲鳴。
今度は、近い。
「聖女様!」
警備兵が、駆け寄る。
「刃物を持った男が――」
「知っています」
私は、笑顔のまま言った。
「大丈夫です」
「……え?」
「私が、対応します」
舞台を降りる。
民衆の前。
逃げ場は、ない。
男は、興奮していた。
「近寄るな!」
刃を、振り回す。
「全部、お前のせいだ!」
私は、ゆっくりと歩く。
「そうかもしれませんね」
男が、目を見開く。
「でも」
一歩、近づく。
「それで、無関係な人を斬る理由にはなりません」
男が、突っ込んできた。
私は、笑顔を崩さない。
刃を、避ける。
腕を取る。
ひねる。
鈍い音。
刃が、地面に落ちる。
「ぎゃっ!」
観客が、息を呑む。
私は、男を床に押さえつけた。
「終わりです」
騎士団が、駆け込んでくる。
「連れて行ってください」
私は、立ち上がる。
衣は、乱れていない。
血も、ついていない。
(上出来)
舞台に戻ると、ざわめきが渦を巻いていた。
「……えー」
司会者が、声を震わせる。
「続きまして……」
私は、マイクを取った。
「皆さま」
静まる。
「今の件で、不安にさせてしまい、申し訳ありません」
深く、頭を下げる。
「ですが」
顔を上げる。
「誰一人、怪我人はいません」
ざわり。
「それが、何よりです」
拍手が、ぽつぽつと起きる。
やがて、大きくなる。
私は、再び笑顔を作った。
(胃、限界)
裏では、確実に動いている。
でも、表では。
聖女は、微笑む。
それが、今の役目だった。




