聖女たるもの、平和な顔で胃を痛めます
王都は、平和だった。
少なくとも、表向きは。
市場は賑わい、パンの焼ける匂いが漂い、
人々は、昨日と同じ顔で笑っている。
(……嫌な予感しかしない)
私は、城の窓から外を眺めていた。
「聖女様」
騎士団長が、いつになく疲れた顔で来る。
「言わなくていいです」
「まだ、何も言ってません」
「どうせ、ろくでもない話です」
彼は、黙って頷いた。
「王都祭の開催が、正式に決まりました」
「……来ましたか」
王都祭。
年に一度の大行事。
聖女が祈り、祝福し、民の前に立つ日。
「聖女様の“復帰”を、象徴として使いたいそうです」
「誰が」
「評議会です」
ですよね。
「王は?」
「頭を抱えています」
私は、額を押さえた。
「裏で殴り合いしてる最中に、
表で笑顔振りまけ、と」
「そうなります」
「……胃薬、あります?」
「用意しておきます」
数日後。
街には、祭の準備が溢れていた。
「聖女様が戻るらしいぞ!」
「やっぱり、祈ってくれるんだ!」
「何もなかったんだな!」
(何もなかったわけ、ないでしょうに)
私は、裏路地でフードを深く被る。
「最近、妙に静かですね」
「嵐の前です」
騎士団長の声も、低い。
「裏は、あなたの宣言で一時的に沈黙しています」
「一時的、が怖い」
「ええ」
そして。
問題は、表から来た。
「聖女様」
評議会の使者が、満面の笑みで現れる。
「王都祭では、こちらの台本通りに――」
「断ります」
即答。
「え?」
「祈りません。
美談も語りません」
使者は、引きつった笑みを浮かべる。
「ですが、民が……」
「知っています」
私は、穏やかに言った。
「だからこそ、嘘はつけません」
その日の夜。
騎士団長が、重たい報告を持ってくる。
「裏で、動きがありました」
「祭に、合わせて?」
「ええ。
“混乱を起こせば、聖女の責任になる”と」
私は、笑ってしまった。
「分かりやすいですね」
「どうしますか」
少しだけ、考える。
「……表に立ちます」
「え?」
「祈りませんけど」
騎士団長は、目を見開いた。
「殴ります?」
「場合によっては」
「……祭で?」
「祭でも」
私は、深く息を吸う。
「私が逃げたら、
裏も表も、好き放題です」
拳を、そっと握る。
「なら、全部、私の視界に置く」
数日後。
王都祭、当日。
白い衣。
聖女の装い。
(久しぶりですね、これ)
民衆の歓声が、遠く聞こえる。
その裏で。
確実に、何かが動いている。
私は、胃の痛みを無視して、一歩踏み出した。
聖女たるもの。
平和な顔の裏で起きる地獄を、
見過ごすわけには、参りませんから。




