聖女たるもの、象徴になる覚悟を決めます
朝が来た。
それだけで、少し意外だった。
(生きてる)
昨夜の傷は、まだ痛む。
包帯の下で、じくじくと主張してくる。
「報告が、山ほどあります」
騎士団長は、机に書類を積んだ。
「嫌な予感しかしません」
「正解です」
一枚目。
「昨夜、南区で私兵同士の衝突。
原因不明」
二枚目。
「裏組織が、急に活動停止。
理由不明」
三枚目。
「“殴る聖女を囮にした罠”の噂。
信憑性、高」
私は、黙って聞いていた。
「……一晩で?」
「ええ」
騎士団長は、視線を上げる。
「あなたが動いた“後”、
連鎖的に」
(そうか)
私が殴ったのは、目の前の相手だけ。
でも。
殴られた事実が、
噂になり、
恐怖になり、
利用され始めた。
「もう、止められませんね」
「止められません」
はっきり言われる。
「あなたは、今」
彼は、言葉を選ばなかった。
「裏社会にとっての、
抑止力であり、
脅威であり、
目印です」
目印。
(……なるほど)
私は、少し笑った。
「消される理由も、十分ですね」
「はい」
「でも」
私は、拳を見る。
「消えたら、もっと酷くなる」
騎士団長は、黙って頷いた。
「だから」
私は、顔を上げる。
「私が“いる”と分からせる」
「……それは」
「名前も、姿も、正義も」
一つずつ、噛みしめる。
「全部、利用されるでしょう」
「覚悟は?」
「もう、しました」
その日の夜。
私は、久しぶりに“姿を見せた”。
表ではない。
裏の、裏。
集まったのは、顔を隠した人間たち。
盗賊、情報屋、元兵士。
「来たぞ……」
ざわめき。
私は、外套のフードを外した。
「祈りません」
最初に言う。
「説得もしません」
次に言う。
「でも」
視線を、全員に向ける。
「私の前で、
逃げられない相手を殴ったら」
拳を、はっきりと握る。
「次は、私が殴ります」
沈黙。
恐怖と、納得が、混じった空気。
「正義じゃない。
公平でもない」
一歩、前へ。
「でも、止めます」
誰かが、息を呑む。
「それが、
今の私の役目です」
誰も、反論しなかった。
集まりが終わったあと。
「……やりましたね」
騎士団長が、苦笑する。
「ええ」
私は、深く息を吐く。
「もう、戻れません」
「後悔は?」
私は、少し考えてから答えた。
「怖いです」
「それは」
「でも」
拳を、胸の前で握る。
「怖くても、
見過ごす方が、もっと嫌です」
その夜。
裏社会に、一つの共通認識が生まれた。
祈らない。
赦さない。
でも、必ず殴る。
関わったら、終わり。
それが。
聖女だった。




