聖女たるもの、殺されかける覚悟はあります
違和感は、最初からあった。
夜の空気が、やけに静かだった。
人の気配が、薄い。
「……来ますね」
私が言うと、騎士団長は小さく頷いた。
「ええ。
助けなかった側です」
「でしょうね」
倉庫街を抜ける路地。
壁が近く、逃げ場がない。
(下手を打った)
足を止めた瞬間だった。
背後。
風切り音。
私は、反射的に前へ転がった。
刃が、さっきまで頭のあった位置を薙ぐ。
「……っ!」
「チッ、外したか」
男の声。
複数。
囲まれている。
「聖女様ぁ」
嘲るような声が、暗闇から響く。
「選別、したらしいな」
「助ける価値がないって?」
私は、立ち上がった。
「あなたたちは、自分で選びました」
「はは!」
笑い声。
「だから、こうして選ばれたんだよ。
殺す側にな」
三人。
いや、四人。
全員、裏の人間。
慣れている。
(これは、いつもの殴り合いじゃない)
一人が、投げナイフを放つ。
避ける。
でも、二手目が速い。
肩に、熱。
「……っ」
切られた。
血が、滲む。
「聖女、血出てるぞ」
「祈らねえのか?」
私は、歯を食いしばる。
(祈る暇なんて、ない)
踏み込む。
一人の顎を、肘で打つ。
骨の感触。
でも、倒れない。
別方向から、腹に衝撃。
息が、抜ける。
(まずい)
倒れた瞬間、視界が揺れた。
足に、刃が突き立てられる。
「動くな」
低い声。
「動いたら、喉いく」
地面が、冷たい。
血の匂い。
(……ああ)
初めて、はっきりと思う。
(殺される)
今までの相手は、痛みを与えれば引いた。
でも、こいつらは違う。
目的が、最初から「殺し」。
「なあ、聖女」
男が、しゃがみ込む。
「助ける相手、間違えたな」
私は、ゆっくりと笑った。
「……いいえ」
「まだ強がるか」
「選別は、間違ってません」
視線を、彼に向ける。
「あなたたちは」
息を吸う。
「最初から、救われる側じゃない」
刃が、喉元に触れた。
冷たい。
「じゃあ、死ね」
その瞬間。
轟音。
男の体が、横に吹き飛んだ。
「――離れろ!」
騎士団長の声。
剣。
複数。
残りの男たちが、舌打ちして散る。
「追いますか!」
「いい!」
私は、叫んだ。
「今は……」
視界が、暗くなる。
膝が、崩れた。
騎士団長が、駆け寄る。
「聖女様!」
「……死んでません?」
「生きてます!」
よかった。
なんて、間の抜けたことを思う。
「初めてですね」
私は、仰向けで空を見る。
「本気で、殺されかけたの」
「……すみません」
「違います」
私は、首を振った。
「覚悟が、甘かった」
拳を、かすかに握る。
震えている。
(怖い)
当たり前だ。
(でも)
目を閉じて、深く息をする。
(それでも)
「やめません」
小さく、でもはっきり言った。
「ここでやめたら、
殴られた人たちが、無駄になります」
騎士団長は、何も言わなかった。
ただ、強く頷いた。
この夜。
祈らぬ聖女は、初めて知った。
拳を振るう覚悟と、
命を賭ける覚悟は、別物だと。
そして。
それでも歩くと、決めた。




