聖女たるもの、助ける相手は選びます
噂は、足が速い。
殴った翌日には、もう形を変えていた。
「裏に、変なのがいるらしい」
「祈らないくせに、助ける女だ」
「聖女か? いや、違うらしい」
違うらしい、というのがいい。
正体不明。
責任不在。
「……増えましたね」
騎士団長が、机に書類を置く。
「増えました」
私は、ため息をついた。
「助けを求める声が」
紙の束には、簡易な報告が並んでいる。
暴力的な徴収。
違法な囲い込み。
孤立した下町。
ここまでは、今までと同じ。
でも。
「……これ」
一枚、違和感のあるものが混じっていた。
「賭場の揉め事」
「用心棒との衝突」
「裏稼業同士の抗争」
「助け、じゃないですね」
「ええ」
騎士団長も、苦い顔をする。
「“殴る聖女”なら、こっちの揉め事も解決してくれるだろう、と」
「便利屋扱いですか」
「そんなところです」
私は、椅子にもたれた。
「……どう思います?」
「放置すべきです」
即答だった。
「彼らは、守られる側ではない」
「ですよね」
私は、紙を机に戻す。
「でも」
指先で、別の書類を弾く。
「こっちは、放置できません」
下町の一角。
表向きは、酒場。
裏では、人を売っている。
「被害者は?」
「逃げられない子どもが、数人」
私は、立ち上がった。
「行きましょう」
「即決ですね」
「迷う理由がありません」
現場は、うるさかった。
笑い声。
酒の匂い。
音楽。
(最悪)
裏口から入ると、空気が変わる。
「誰だ!」
用心棒が、四人。
「通りすがりです」
最近、こればっかりだ。
「帰れ」
「嫌です」
一人が、舌打ちする。
「女一人で、何しに来た」
私は、少し考えてから答えた。
「迎えに」
殴り合いは、短かった。
正直、少し拍子抜けする。
「……あれ?」
一人を床に転がしながら、思う。
(弱い)
理由は、すぐ分かった。
彼らは、“強い相手”を想定していない。
脅せば済む。
殴れば黙る。
だから。
殴り返されると、崩れる。
「……聖女?」
奥の部屋で、子どもが震えていた。
「違います」
私は、しゃがんで目線を合わせる。
「迎えです」
「……ほんと?」
「ええ」
外套を、そっとかける。
「ここは、もう終わり」
外に出ると、騎士団長が待っていた。
「早かったですね」
「選別しただけです」
「線引きは?」
私は、少しだけ考える。
「自分で選んで、殴り合ってる人たちは助けません」
「では」
「逃げられない人だけ、守ります」
彼は、頷いた。
「聖女らしい判断ですね」
「そうですか?」
私は、肩をすくめる。
「むしろ、不公平です」
「正義は、常に不公平ですよ」
城へ戻る途中、ふと思う。
噂に群がる声。
助けを求める顔。
(全部は、救えない)
でも。
(選ぶことは、できる)
拳を、軽く握る。
祈らぬ聖女は、万能じゃない。
だからこそ。
助ける相手を、選ぶ。
それもまた、
責任の形だった。




