聖女たるもの、王の前でも拳は隠しません
呼び出しは、翌朝だった。
形式ばった使者。
逃げ場のない言葉。
「王より、聖女様へ。
謁見を命じます」
命じる、か。
私は、静かに頷いた。
「分かりました」
騎士団長が、廊下で足を止める。
「……覚悟は?」
「ええ」
短く答えた。
「怒られますかね」
「その程度で済めば、いいですが」
玉座の間は、広く、冷たかった。
王は、正面に座っていた。
老いているが、目は鋭い。
その左右には、評議会の面々。
昨日、診療所で見た顔もある。
「聖女」
王の声は、低い。
「昨夜の行動、把握している」
「でしょうね」
私は、隠さなかった。
空気が、ぴしりと張る。
「通達違反」
「私兵への暴行」
「権限の濫用」
次々に、罪状が並べられる。
「反論はあるか」
私は、一歩前に出た。
「あります」
即答だった。
「殴られた医師は、誰の管轄ですか」
「……」
「診療を妨害した私兵は、誰の許可で動きましたか」
評議会の一人が、顔をしかめる。
「論点をずらすな」
「ずらしていません」
私は、王を見た。
「あなたが守ると言った民です」
沈黙。
「法が間に合わなかった。
だから、殴りました」
ざわり、と声が広がる。
「聖女が暴力を正当化するのか!」
「ええ」
私は、頷いた。
「正当化します」
はっきりと。
「守るための暴力を、否定しません」
王の眉が、わずかに動いた。
「……それは、王権への反逆とも取れる」
「取ってください」
私は、退かなかった。
「でも、その前に聞いてください」
拳を、ゆっくりと握る。
「私が動かなければ、誰が動いたんですか」
答えは、なかった。
王は、しばらく黙っていた。
そして、重く息を吐く。
「聖女」
「はい」
「お前は、危うい」
「自覚しています」
「制御不能だ」
「それも」
沈黙が、長く続く。
やがて、王は言った。
「……だからこそ」
その声は、低かった。
「表からは、使えん」
評議会が、ざわつく。
「聖女としての公的発言権を停止する」
来たか。
「代わりに」
王は、私をまっすぐ見た。
「裏で動け」
空気が、止まる。
「記録に残らぬ形で、
法が追いつくまでの“穴”を塞げ」
評議会が、声を荒げる。
「陛下!」
「黙れ」
一喝。
「拳を振るう聖女など、前例がない!」
「前例がないから、作る」
王は、きっぱりと言った。
視線が、私に戻る。
「聖女よ」
「はい」
「お前は、正義ではない」
私は、静かに聞いた。
「だが」
王は、言葉を区切る。
「今の王都に、必要な“暴力”だ」
私は、少しだけ笑った。
「褒められてませんよね」
「褒めていない」
王も、わずかに口角を上げる。
「処罰は?」
私が尋ねると。
「公的には、謹慎」
「裏では?」
「自由だ」
その一言で、十分だった。
玉座の間を出たあと、騎士団長が隣に並ぶ。
「……とんでもない立場になりましたね」
「ええ」
「後悔は?」
私は、拳を見た。
「ありません」
殴った手だ。
守った手だ。
「聖女たるもの」
小さく呟く。
「見過ごすわけには、参りませんから」
こうして。
祈らない聖女。
拳を下ろさない聖女。
王の影で動く、
最も厄介な存在が、生まれた。




