聖女たるもの、綺麗事では済ませません
診療所は、夜の雨に沈んでいた。
灯りは、半分しか点いていない。
割れた窓は板で塞がれ、入口には私兵が二人、立っている。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
低い声。
慣れた態度。
(ああ、これは)
私は外套のフードを外した。
「関係者です」
二人の視線が、私に集まる。
「……聖女?」
一瞬の動揺。
でも、すぐに険しい顔に変わる。
「通達を知らないわけではあるまい」
「ええ」
私は頷いた。
「ですから、これは私的な訪問です」
次の瞬間。
私兵の一人が、笑った。
「はは。
聖女様も落ちたものだ。
規則破りとはな」
もう一人が、前に出る。
「帰れ。
これ以上関われば、処罰対象だ」
私は、深く息を吸った。
「中で、怪我人が出ていますね」
「……」
「治療を妨害したのは、あなた方だ」
沈黙。
答えは、拳で返ってきた。
振り上げられた腕。
迷いのない動き。
私は、一歩踏み込んだ。
避ける。
肘を叩く。
体勢を崩したところへ、足払い。
鈍い音とともに、男が倒れる。
「なっ……!」
もう一人が剣に手をかける。
「聖女に、剣を?」
私の声は、静かだった。
「本気ですか」
抜かれる刃。
躊躇は、ない。
(覚悟はある)
私は、拳を握った。
聖女の力を、少しだけ使う。
強化。
最小限。
剣を、殴った。
金属音。
衝撃。
刃が、ひしゃげる。
「……っ!?」
驚愕の隙に、腹へ一撃。
男は、息を詰まらせ、膝をついた。
「これ以上は、命に関わります」
私は、見下ろして言った。
「退いてください」
二人は、這うようにして離れた。
診療所の扉を開けると、血の匂いがした。
中は、荒れている。
薬棚は倒れ、器具は散乱。
奥のベッドで、医師が横になっていた。
「……来るなって、言われたんです」
彼は、弱々しく笑った。
「聖女様に関わるな、って」
「黙っていれば、助かると?」
「……ええ」
私は、拳を解いた。
「助かりません」
医師は、目を閉じた。
「ですよね」
治療は、静かに行った。
魔法ではない。
普通の手当。
終わった頃、外が騒がしくなった。
私兵だけじゃない。
評議会の紋章。
「……早いですね」
騎士団長が、影から現れる。
「想定より、少し」
彼は、苦い顔をしていた。
「ここから先は、完全に敵です」
「分かっています」
外に出ると、数人の男が待っていた。
「聖女様」
代表らしき男が、冷たい声で言う。
「通達違反。
暴行。
器物損壊」
「診療妨害も、ありますね」
「それは、問題ない」
即答。
私は、笑った。
「でしょうね」
一歩、前に出る。
「では、聞きます」
声は、よく通った。
「殴られた医師は、誰が守るんですか」
「……」
「孤児院の次は、診療所」
男の目が、険しくなる。
「次は、どこですか」
答えは、なかった。
「私は、聖女です」
拳を、胸の前で握る。
「祈るだけの偶像ではありません」
一歩、さらに前へ。
「守れない法なら、殴ってでも止めます」
空気が、張り詰める。
誰かが、呟いた。
「……狂ってる」
私は、即座に返した。
「正気ですよ」
そして。
「だから、あなた方が怖がる」
沈黙の中、雨が強くなる。
その夜。
聖女が、完全に“問題人物”として記録された。
同時に。
王都の裏側で、噂が流れ始めた。
「殴られても、守る聖女がいる」
それは、もう。
止められない流れだった。




