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Episode1 君が去ってから

こんにちは、皆様。

スーパーエンジェル!

慈悲深き天使、ガブリエルですよ~。

今回の物語の主人公は、

大切な人を目の前で亡くした少年。

「重すぎない?」と思いました?

……はい、私も思いました。

ですが安心してください。

この物語は悲恋だけで終わるほど、

主は不親切ではありませんよ。

そして今回も、うちの名もなき新人天使――

そう、例の仕事ができない“ν(にゅー)”と一緒に、

人間の“当たり前”を学んでいきましょう。

それでは、そろそろ参りましょうか。

どうか、肩の力を抜いてお楽しみくださいませ。

――橘 朔。

それが僕の名前……。

そして「また明日」。

これが僕らにとっての“当たり前”。

誰だって口にする、普通の言葉。

“また明日”と言われれば、“また明日”と返す。

昔の僕も、なんの疑いもなくそうしていた。

――だけど今は違う。

あの日を境に、当たり前は簡単に壊れてしまったんだ。


――17:20。

僕は、唯一の友人である工藤 莉玖と歩いている。

ただ歩いている。

彼は何か喋っているようだが、理解はできない。

多分、難しいことは言ってないんだろうけど……

やっぱりわからない。

気づけば、いつもの分かれ道だった。

「また明日な、朔」

彼はそう言って、僕が頷くのを確認してから

僕とは別の方向へ歩いていった。

僕も家の方向へと足を向ける。

ふと空を見上げると、夕日が眩しくて目を細めた。

光が痛くて、すぐに視線を下げる。

音がない。

風の音も、車の音も、遠くの笑い声も全部。

色はある。

光も感じれる。

だけど心はそれを受け付けない。

感じることはできていたと思う。

だけどそれだけ、何も思わない。

ただ歩く。

それだけ。


――17:41。

家に着いた。

首にかけた鍵を取り出す。

うまく刺さらない。

針に糸を通す、みたいな細かい動作……とは違う。

刺さらないのは、僕の手が震えているからだ。

両手を添えて、ようやく鍵穴に入れた。

玄関を開ける。

「ただいま」

返事が返ってくることはない。

ポケットの中でスマホが震えた気がした。

取り出して確認する。

――莉玖から。

『帰れたか?』

いつも通りの確認メッセージ。

僕は既読だけつけた。

それだけで、彼はわかってくれるから。


――17:44。

スマホをテーブルに置いたあと、僕は台所へ向かった。

腹は空いていない。

でも食べておかないと、また頭が重くなるのはわかっている。

棚に置いてあった安いカップ麺を手に取った。

お湯を注ぐ。三分待てば完成する。

三分……。

短いはずなのに、長く感じる。

分からない……。

考えられない。

「シャワー…行こう…」

立ち上がり脱衣所に向かう。

なぜそうしたかは曖昧で分からなかった。

服を脱いで、熱すぎるくらいの湯を浴びた。

意識が浮いたり沈んだりして、時間の感覚がなくなる。

どれくらい浴びていたんだろう。

タオルで髪を拭きながらリビングに戻ると――

テーブルの上に、湯を吸いすぎて重たくなったカップ麺が座っていた。

「……あ」

麺は伸びきって、ふやけて、湯気すらもう出ていなかった。

箸を入れると、柔らかい塊になっていて感触だけが手に伝わる。

口に運ぶ。

味が分からない。

ただ咀嚼するだけ。

食べ終えてから、箸を置いた。

部屋が静かだ。

冷える静けさ。

胸の奥がざわついて、息がしづらくなる。

すぐにテレビのリモコンを取り、

適当にボタンを押す。

画面の光は見ない。

ただ音だけが部屋を満たす。

何も考えなくていいように。

立ち上がろうとして、洗面所の前で一瞬足が止まった。

歯磨き……。

考えた瞬間、胸の奥が重くなる。

腕が動かない。

面倒とかじゃない。

ただ、力が入らない。

「……いいや」

小さく呟いて、洗面所から離れた。

テレビの音だけが響く部屋で、僕は布団に潜り込む。

眠いわけじゃない。

むしろ寝るのが少し怖い。

だから眠りたくない。

だけど、疲れた体は目を閉じさせる。


――闇が訪れた瞬間だった。


胸が締め付けられ、喉が詰まる。

呼吸が入ってこない。

「っ……は、っ……」

肺が空気を求めて暴れるのに、吸えば吸うほど喉の奥がぎゅっと狭まる。

苦しい。

怖い。

何か、冷たい手で首を掴まれているみたいだ。

その時――

胃の奥がぐらりと揺れた。

「……っ、う……」

体が勝手に布団から飛び起きて、ふらつく足で廊下を走り、トイレに飛び込む。

便器にしがみついた瞬間、喉が勝手に動いた。

「ッ……!!」

夕方に無理やり食べた、伸びきった麺の残りがこみ上げてくる。

味はわからない。

ただただ、苦い。肩が震えて、なぜか視界が滲む。

「あぁぁ……あぁ…」

顔を濡らすものが何なのか、なぜこんなに苦しいのか。

そんなことすらわからない。

分からないけど――

辛い。

息が整うまで、しばらくその場から動けなかった。

ただ床に手をついて、震えが落ち着くのを待つしかなかった。


どれくらいそうしていたのか分からない。

ようやく呼吸がゆっくりと戻ってきた。

震える足取りで布団に戻る。

布団をかぶったとたん、意識が途切れた。

そして目覚める。


――01:41

まだ暗い。

再び目を閉じる。


――03:24

また目覚めた。

また目を閉じる


――04:00

「もういいか……」

布団から出る。

まだ少し暗い。

夜と朝の間みたいな時間。

だけど――寝る前よりは、頭の中が澄んでいる気がした。

少しは考えられる。

けれど、考えたくはない。

思い出すと、胸の奥がまたざわつくから。

だから、手を動かすことにした。

何も考えないために。

あぁぁ……今日も僕は生きている。

キッチンへ向かい、流しに手を伸ばす。

食器はほとんどないけれど、

それでもいつもの習慣でスポンジに水を含ませる。

朝の家事を淡々とこなす。

静けさが苦手だから、テレビをつける。

画面は見ない。

ただ音だけが部屋を埋めればいい。

そんなふうに、ゆっくりと朝が始まっていく。


――05:10

ゴミ出し、洗濯、トイレ掃除その他もろもろ。

今日の分の家事を終えた。

やっと明るくなり始めた。


高校の支度をする。

制服に袖を通し、カバンを整える。

ここまでやれば、あとは家を出るだけだ。

時計を見る。


――06:00。

家を出るには、正直早すぎる時間。

だけど、家の中に留まるほうが辛い。

何もしない時間が怖い。

考えたくない記憶が、勝手に思考の隙間に入り込んでくる。

だから靴を履く。

玄関の扉を開けた。

冷たい空気が流れ込んできて、それが少しだけ救いになる。

家の前の階段に腰を下ろす。

ポケットに手を入れたまま、ぼんやりと地面を見る。

学校へ向かおうとは思わない。

歩き出すほどの気力はない。

ただ静かに――

時間が過ぎるのを待つ。

鳥の声がして、新聞配達のバイクが通る。

それでも心は動かない。

どれくらい経っただろう。

「……朔?」

顔を上げると、工藤 莉玖がこちらを見下ろしていた。

眠そうな目で、心配そうに。

「お前……運動部のエースである俺より早いって……眠くないのか? 俺は眠い」

「……寝れなかっただけだよ」

僕はぼそりと返す。

声は小さいけれど、ちゃんと会話になっている。

莉玖は軽く眉を寄せた。

「またかよ。ちゃんと寝ろっての」

「……無理だった」

「だよな。顔見りゃ分かる」

いつも通りの会話。

僕が答えられる“朝だけの朔”を、莉玖はよく知っている。

「ほら、行こうぜ。俺も眠いし、歩いてりゃ目が覚めるだろ」

「……うん」

僕は立ち上がる。

その様子を確認して、莉玖はふっと笑う。

「よし。なら今日も死ぬ気で学校行くか。俺はマジで眠くて死ぬけど」

「死ぬ気って言葉、そんな軽く使うなよ……」

「お、突っ込んだ。朝の朔は調子いいな」

そんな他愛もない会話をしながら、二人はゆっくりと学校へ向かって歩き出した。

二人が進む道にはまだ人影が見当たらない。

莉玖がスマホを見る。

「あ、まだ6時半か……俺は部活の練習すればいいけど……どうせ机で寝るだけだろ? どっか寄るか? 開いてるかは知らんがな」

「……いい。どこか寄るほどの……気力はないから」

「だよな~眠いし……」

あくびしながら言う莉玖。

「じゃあそのまま学校行くか。俺は体育館寄って鍵開いてなかったら戻るわ」

「……うん」

歩くたび、足音が静かな朝に溶けていく。

空はまだ薄暗くて、街もほとんど眠ったまま。

二人の影だけが長く伸びていた。

「にしても早すぎだって。朔、お前さ……」

莉玖が何か言いかけて、やめた。

「……いや。今はいいや。あとで言う」

「……?」

問い返す気力もなく、朔はただ前を向いて歩き続けた。


――07:35。

ようやく校門に着いた。

朝の空気はまだ少し冷たくて、登校している生徒もまばらだ。

「ふぁぁ……歩くだけで目ぇ覚めてきたわ」

莉玖が大きく伸びをしながら言う。

「……そう」

僕は短く返した。

この時は、声がはっきりしていたと思う。

「よし、俺は部活の朝練見てくる。開いてなかったら戻るわ」

「……わかったよ」

「じゃあ、お前は教室で休んでろよ。今日も顔色悪いし」

軽く小突かれ、僕はわずかに瞬きをした。

「……大丈夫だよ……それに今日は調子がいい気がするんだ」

朔のその言葉に、莉玖は目を細めた。

信じきっているわけではないけれど、少しだけ安心したような、そんな顔。

「そうなのか? ……なら放課後に話がある。一人で帰るなよ? ま、帰さねぇけどな」

からかうように笑いながら言い残し、莉玖は体育館の方へ走っていった。

その背中が遠ざかっていくのを、僕はしばらく無言で見つめていた。


――07:41

教室に着く。

クラスメイトはまだ来ておらず、バッグすら見当たらない。

僕の席は窓側で、真ん中あたり。

外が見えるようで見えない、微妙な位置だ。

「どうでもいいな……」

そんな浅いことを考えながら席に着く。

授業開始までは、あと四十分くらい。

ぼんやりしていると、すぐ考えたくないことが浮かんでくる。

何もしてない時間が、一番つらい。

だから、ペンを手に取った。

教科書とノートを広げて、予習を始める。

成績のためじゃない。

良い大学に行きたいわけでもない。

ただ――

“何もしないでいる”という時間が耐えられないだけだ。


――08:40

チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。

姿勢が悪いと怒られるから授業を受ける姿勢だけは正して受ける。

こうして僕の面白くもないただ気だるいだけの授業が始まっていく。


――15:20

6限目の授業が終わった。

授業はいい…。

考えない時間が少ないから。

この後は、部活――と言いたいところだが、僕は帰宅部だからこのまま帰宅――

「おーい! 朔! 俺は部活だから待っててくれ!」

莉玖が廊下から言って、走って去っていく。

そう言えば朝に聞きたい事があるって言っていたことを思い出す。

仕方なく、図書室へと向かう。


――15:23

人は少ない。

静かだけど、完全な無音ではない。

ページをめくる音や椅子のきしみが、かすかに耳に届く。

その程度の音が、今の僕には丁度よかった。

席に着き、本棚から適当に一冊を選んで開く。

文字を追うだけで、内容は頭に入らない。

でも……それでいい。

ページをめくる動作だけで、時間はゆっくり流れていく。

窓の外がオレンジ色に染まり始めた頃――

気配で分かる。隣に誰かが立った。

「おーい、朔」

顔を上げると莉玖がいた。

部活帰りで、髪が少し汗で濡れている。

「待ったか?」

「……別に。今終わったところ」

「おっ、じゃあ帰るか。朝の話、帰り道でな」

莉玖は朔のバッグを当然のように肩へかける。

「行くぞ」

図書室を出ると、夕日の中で二人の影が長く伸びた。

「聞いてくれよ。今日さ~、なんか後輩に告白されたんだよ」

「……よかったじゃん」

「いや、よかったじゃんって……もっとなんかあるだろ。『マジで!? とか、返事どうしたの?』とかさ」

僕は答えない。

莉玖は困ったように息を吐く。

「……まあ、いいけどさ」

少し黙って歩く。

蝉がまだ少し鳴いている季節。

風が涼しくなりはじめた夕暮れ。

莉玖は、軽い話題を続けようとする。

「あとさ、顧問が思いっきり転んでなさぁ。部員全員、吹き出したわ。……俺も、ちょっとだけだけど」

僕はただ頷き、相槌を打つだけ。

すると莉玖の表情が、ほんの少し曇りはじめ、歩みが少しだけ遅くなる。

「……朔」

「……もう死にたくならないか?」

とっさに足を止める。

僕は地面を見つめたまま、動かない。

夕日が長い影を作る。

莉玖は続ける。

「今日のお前、前よりちょっとマシに見えたけどさ……」

「…………」

「お前、たまに……いきなりいなくなりそうで、怖いんだよ」

沈黙が周囲を包む。

ただ風が揺れて、葉っぱの音がするだけ。

僕は小さく、喉の奥から絞り出す。

「……大丈夫だよ」

「……そうか」

莉玖はそれ以上何も言わなかった。

だけど“信じきれていない目”をしていた。

そうして今日が終わっていく。

家では昨日と同じ虚無の時間。

苦痛と言ってもいいような時間を過ごした。

あぁ…君が居ればな……

そう考えてしまう。

「もう……いないのにな……」



――翌日の放課後

生憎の雨。

じめじめした空気がまとわりつき、ただでさえ怠い身体が、さらに重くなっていく。

帰りの準備をしていると、廊下の方から濡れた靴が床を叩く音が聞こえてきた。

この時間だ。

たぶん――莉玖だ。

「おーい! 朔! ちょっと来てくれ!」

顔を上げると、案の定、髪と制服の肩を少し濡らした莉玖が教室の入り口に立っていた。

「どうしたの……?」

「実はさぁ……この前の生物学のテスト……赤点だったみたいで…」

申し訳なさそうに言う彼。

「補修?」

「……そうなんだよ!」

彼は頭をガシガシと掻きながら、情けない顔でため息をついた。

「というわけで……悪いけど、今日は一緒に帰れないわ…マジでごめん!」

その言葉に、思わず瞬きをする。

「……別に、大丈夫だよ」

反射的にそう返しただけで、自分でも声に力がないのがわかる。

目の前の彼は、さらに眉を下げた。

「なら…いいんだ……やっべ! 急がないと怒られる! じゃあな朔!」

そう言い莉玖が走り去っていく。

おそらく廊下を走ったことで怒られるだろうとなんとなく感じた。


外に出た瞬間、雨脚がさっきより強まっていることに気づいた。

空はまだ四時前後のはずなのにやけに暗く、いつの間にか街灯がぽつぽつと灯り始めている。

傘を広げても、横殴り気味の雨が肩をじわりと濡らしていく。

水滴が傘の端から落ちるたび、視界が霞んで少し歩きづらかった。

歩きながら、気づけば思考はまたあの日へ向かっていく。

ある少女の明るい笑い声。

まだ僕も笑えていた頃の、幸せの絶頂にいた頃の記憶。

忘れたいけど……忘れたくない……忘れちゃいけない出来事。

思い出しただけで息が詰まる。

息はしているはずなのに……。

前を見ているつもりなのに、道の輪郭が曖昧になる。

どこを歩いているのかさえ、ぼんやりしていく。

気づけば足元の水たまりを踏み、ハッと現実に引き戻される。

でもまた、すぐに心は沈んでいく。

「あの日……旅行なんて……行かなければ――」

クラクションの音が、雨音を割って鼓膜に突き刺さる。

眩しい白い光が視界を塗り潰した。

その瞬間――

耳鳴りのような、世界が遠のくような感覚が訪れる。

時間がゆっくりと、歪む。

足が動かない。

体も動かない。

ただ光だけが近づいてくる。

「あ……」

言葉にならない声が喉で震えた。

――衝撃は、意外なほど静かだった。

風に押されたように体が傾き、世界が半回転して、アスファルトが近づく。

硬い地面に頭が触れた瞬間、何かが弾けるような感覚とともに、視界が暗闇に落ちた。

倒れた体に冷たい雨が降り注ぐ。

誰かの足音。

誰かの叫び声。

遠くで誰かが「救急車!」と叫んでいる。

恐怖はない。

ただただ温かい。

やっと……そっちに…行ける。








――???

静かだ。

雨の音も、クラクションも、誰かの叫び声もない。

ゆっくりと意識が浮上する。

目が覚めてまず、気づいたのは、思考がやけに透き通っていることだった。

鮮明に意識を失う前のことを思い出せる。

まぶたを開くと、淡い光が視界を満たす。

緑が広がっている。

風に揺れる草が、耳元でやさしく擦れる音を立てた。

「……ここ、は……?」

ゆっくりと身を起こす。

頭が重くない。胸も苦しくない。

体が軽い。

目の前に広がるのは、どこまでも続く草原。

雲ひとつない空が広がり、風が頬をなでていく。

あの雨の日とは、あまりにも違いすぎた。

「ああぁ……そうか……僕は死んだのか……」

意識を手放す前まで思っていた死後の世界とは、違う暖かな空間。

歩こうと立ち上がろうとしたとき――気づいた。

足元には、影が落ちている。

自分の影ではない。

感じ取る。

誰かが、背後に立っているような――そんな気配。

「あぁ、やっと目覚めたんだ。」

聞こえたのは、あの日から聞けなかった安心するような、暖かな声。

聞いているだけで、こっちも自身が湧いてくる声。

振り返る。

そこには――

銀髪のロングヘアのルビーの宝石のようなきれいな目――

絶対忘れない最愛の彼女―月島 美稀の姿だった。

「……み……き……?」

名前を呼んだ瞬間、喉が震えて、涙が頬を伝い零れ落ちる。

彼女は微笑んでいた。

あの日と同じ、温かい笑顔で。

「そうだとも! 君の最愛の彼女、月島 美稀だ!」

あの人から変わらない、まるで自分が世界の中心かのような態度。

「それとも……忘れちゃったのかい? 悲しいねぇ~」

わざとらしくやれやれと言った感じで言う美稀。

「っあ……うっ……あぁ……」

ダメだ……

言葉にできない…

否定したいのに……

舌が回らない。

「おっと……そんな雰囲気じゃなかったか……私が悪かったから泣かないでくれ…ほら、私の胸で泣いていいからさ。ね?」

美稀が両腕を少し広げる。

その仕草はあの日と変わらない。

強くて、優しくて、どこか自信家で――

胸の奥がきゅっと縮む。

「っ……ぁ……」

声にならない息が漏れた。

堪えていたものが限界を迎える。

一歩、二歩……

気づけば彼女の胸の中に倒れ込むように抱きついていた。

美稀は驚かない。

彼女はそっと腕を回し、優しく抱きしめてくれた。

「うん、いい子だよ朔くん……私は受け止めてあげるからね…」

囁く声が優しい。

まるで心のひび割れに触れて、そっと押さえてくれるような。

「……っ、ごめ……美稀……ごめん…守れなくて……ごめっ…俺だけ……生きて……っ……」

言葉が切れ、嗚咽が漏れる。

胸に溜めていた後悔も罪悪感も、全部こぼれ落ちていく。

美稀は朔の涙を受け止めながら、静かに笑った。

「本当に……君は、バカだな…頭はいいくせにバカだ」

「……っ……ひぐ……」

バカにする言葉にも反撃できない。

「だけど…愛おしいよ……」

その言葉を聞いた時、もう感情が抑えられなかった。

「あぁぁ……」

ただただ泣いた。

泣いているときも彼女は嫌な顔せず、受け止めてくれた。

僕が泣き疲れて、嗚咽が少しずつ静かになっていくのを待ってから、美稀が髪をそっと撫でてきた。

「落ち着いたかい?」

鼻水をすすりながら言う。

「……うん」

「じゃあまず……」

美稀の雰囲気が変わる。

気のせいか、ゴゴゴッという音が聞こえる気がする。

「私が死んですぐ、あとを追おうとしたね?」

「そ、それは―」

「言い訳をするな」

明らかに起こっていることが伝わってくる。

その圧に押し潰されそうになる。

が、すぐ雰囲気が戻る。

「はぁ…まあ、未遂で終わってるからこれ以上は責めないけどね……」

美稀が頭を抱え、ため息をついた。

「本当によかったよ……私の彼氏が度胸のないチキンで……」

「でも……」

本当は言ってはいけない。

けど…

「これで、また一緒に居られ――」

「それは絶対に許さない」

言葉を遮るように言う美稀。

「私は君に生きていてほしい。少なくとも、あと80年くらいはね。それに――」

「君にはまだ、君の死を悲しんでくれる人が居るしね」

その言葉に、胸が強く締めつけられた。

「……誰、のこと……?」

自分で訊きながら、答えは痛いほど分かっていた。

美稀は優しく微笑む。

それは責めるでもなく、突き放すでもない……

ただ事実を告げるための笑顔だった。

「分かってるだろう? 朔くんがどれだけ無茶しても、毎日そばで心配してくれてた子がいるじゃないか」

頭の中に一人の名前が浮かぶ。

――莉玖。

朔の喉が震える。

「り……く……?」

「そうだよ。私が死んでから、君がどれだけ壊れていったか……誰より近くで見て、誰より悩んで、誰より苦しんでた子」

美稀はゆっくりと草原に腰を下ろし、朔の目をまっすぐに見据える。

「もし朔くんが本当に死んでいたら……あの子は一生、自分を許せなかったよ」

その一言が、心臓に深く突き刺さる。

「……そんな……こと……」

「あるよ。だって――あの子、君のことが大好きだもん」

「!!」

思わず息を呑む朔。

美稀は、困ったように微笑んだ。

「恋愛としてじゃない。

 家族とも違うし、友達という言葉でも足りない。

 でもね、あの子にとって朔くんは……“守りたい大切な人”なんだよ」

朔の視界がまた滲む。

「なのに君が“死んで私のところに来た”なんて知ったら……あの子は、自分が朔くんを救えなかったって、一生背負う」

美稀は優しく、しかし毅然と告げた。

「朔くん。死ぬってのはね、自分一人の話じゃないんだよ」

言葉にできない重さが胸に落ちる。

美稀はそっと朔の手を握った。

「だから、私は許さない。君が“私のために死んだ”なんて、一番悲しい選択をすることだけは」

そして、美稀は柔らかく微笑む。

「私はね……朔くんが笑って生きている姿の方が、何倍も見たいんだよ」

その言葉を聞いた時、地面が少し揺れる。

「……どうやら時間みたいだね」

そう言い立ち上がる美稀。

「本当はもっと言いたいことがあるけど……じゃあ最後に…」

「私を忘れないでほしいな。私は他の女みたいに「私を忘れて幸せになって」なんて綺麗ごと言えるほど、器は大きくないからね。」

まっすぐ僕の目を見て言ってくる。

「よし、言いたいことは言った。あとは聞くだけ」

「君が目覚めて友達に会ったら何をするのかを―」

言葉が詰まる。

即答できない。

なにをすればいいかわからない――

そう悩んでるなか、さらに揺れが激しくなる。

時間がない。

それでも思いつかない。

だけど、一つ浮かんだ。

「違うよ――」

「ん?」

「友達じゃない」

彼女はその言葉に少し驚いたような顔をした。

「――親友だよ」

それを聞いた彼女は安心したように穏やかな顔をした。

「そっか……」

そのあとすぐ、またすぐ、瞼が重くなる。

その眠気に抵抗できず、意識を手放した。

そして意識を覚ます少し前、あることが聞こえた。

『愛してるよ、My(私だけの) Darling(朔くん)



目が覚めた。

知らない天井。

身体が重い…痛みもある。

だけど、頭がすっきりしている。

「橘さん!?先生!橘さんが目覚めました!」

視界の端でナースらしき人が声を上げ、バタバタと駆け出していく。

その慌ただしさが、ここが現実なのだと遅れて知らせてくる。

……病院だ。

でも、普通の病室とはどこか違う。

空気が重く、静かすぎる。

壁に取り付けられた大きな空気清浄機――見覚えがない。

“クリーンルーム”だ。

直感で理解した。

ほどなくして医師が数名入ってきた。

白衣の擦れる音がやけに響く。

その後、医者の方が来て、いろいろ説明してくれた。

僕が車に引かれ、2週間ほど意識を失っていたこと。

奇跡的に、足の骨に少し、ひびが入るだけで軽傷だったこと。

不摂生のせいか免疫力が低すぎてクリーンルームに入れられていたこと。

僕の友達を名乗る人が来ていたけど、面談謝絶だったから会わせていないこと。

全部、頭には入っている。

でもどれも、現実味がなかった。

聞いたはずなのに、

まるで他人の話を聞いたような感覚だった。

ただ――

胸の奥にだけ、ひっかかる言葉があった。

「友達だ、と名乗る人が来ていました」

誰のことか、考える必要なんてなかった。

莉玖だ。

雨の日、僕が沈んでいた時も、翌日の昼休みにも、ずっと心配してくれていた。

そんな彼が、僕が意識のない間ずっと……。

喉が少しだけ熱くなる。

美稀の声がよみがえる。

『もし朔くんが本当に死んでいたら……あの子は一生、自分を許せなかったよ』

そうか……。

……そうだったんだな。

胸の奥に、じわりと痛みとは違う熱が広がった。

その後、数日が過ぎ――退院日が来た。

荷物……は携帯以外ないから制服に着替え、お世話になった看護師や先生方に挨拶をし、入り口へと向かう。

病院の自動ドアが見えてくる。

外の景色は曇りで、まだ少し肌寒い。

歩くたびに、足に残る鈍い痛みが “生きている証拠” みたいに思えた。

そして――扉が開いた瞬間。

そこに立っていた。

フード付きのパーカーを雑に羽織り、寝不足みたいに目の下にうっすらクマを作った男。

――工藤 莉玖。

「……帰るぞ」

そういう彼にはいつもみたいな雰囲気はなかった。

「う、うん……」

そう言い、昼時の道を歩きだす。

いつもなら雑談をしたり、莉玖が勝手に何かを話したりするのだが、今日はそれがなかった。

ただ、隣に並び、歩く。

言葉のないこの空気が、やけに重く感じた。昼の光がやけに白く見えた。

病院の敷地を出ても、莉玖は一言も喋らない。

歩幅だけは、僕に合わせてゆっくりしてくれている。

でも――

その横顔は、怒っているのか、泣きそうなのか、それともただ疲れ果てているのか……

まったく読めなかった。

「……莉玖?」

声をかけると、彼はわずかに肩を揺らした。

けれど、こちらを見ない。

「……歩けるか?」

ぽつりと、それだけ。

「うん、大丈夫……」

普通に歩ける。

たとえ歩けなくても、大丈夫としか言えない。

会話はそこで終わった。

そんな会話かもわからないやり取りをしていると、いつもの分かれ道にたどり着いた。

「……じゃあな」

そう言い、振り返らず、返事も待たずに進んでいく。

ここで、言わないと一生言えない気がする。

心臓が跳ねる。

深呼吸をし、呼吸を整え声を絞り出す。

「ま、また……」

莉玖の足が止まる。

「あし……た」

振り返り、目を合わせてくる。

その言葉が小さかったはずなのだが、莉玖には確かに届いたようだった。

「ああ……また明日な!」

そういう彼の頬には小粒の涙が伝っていた。

昼間の日の光を背景に、最高の親友の最高の笑顔が輝いた。

……ああ、もう大丈夫だ。

僕は、生きていいんだ。

これからは、どんなことがあっても前を向いていける――そう思えた。


――レポート

20XX年〇月〇日

えーと……

今回は、初めての人間界観察だったんだけど……

朔とかいう子、他の子と比べて、言葉に表しにくい雰囲気をしていた。

何ていうか……言葉にしにくい “どんより” とした感じ?

黒い泥みたいな、重い何かを纏ってるように見えた。

ただ、実際に纏っているわけではない、そう見えただけ。

観察中、観察対象である朔が車という物に轢かれた。

車は大きく、轢かれたら死んでもおかしくないくらいだと思っていたが、意識を失うだけだった。

気になり、その乗り物を観察したところ、何かの残滓を発見した。

触ってみたところ、暖かかった。

ただ、その残滓が何だったのかはわからなかった。


こんなんでいいんか?まあ、いいか

まだ、当たり前というのが何なのかわかんないので対象を変え、観測を続けます


――???

さーて……

皆様、前書きぶりですね?


今回の話はどうだったでしょうか?


この物語の主人公は、大体半年前ぐらいに最愛の彼女をとある事故で失いました。

二人は本当に仲の良い、微笑ましいカップルでしたよ。

クリスマスの前日、二人は前々から予定していた旅行に行くためバスに乗ったそうです。

二人で仲よく旅行先の話をしていたところ、事故が起こりました。

飲酒運転をしていた車が二人の乗っているバスに突っ込みました。

大惨事です。

この時、朔君は少し怪我はしましたが無事でした。

ですが、彼女である美稀さんは……

まあ、こんな出来事から物語の主人公である朔君は明日への希望を持てなくなってしまったのです。

もし、この物語をよんで、“可哀そう”だって思った人、他人事ではありませんよ。

これはあなた方の身にも起こりうることなのですからね……

人間は脆い…

いつ死んでもおかしくないほどに……

だからこそ、愛する人には普段から言葉を向けてあげてください。

感謝も、好意も、照れくさい言葉も、いつか言えなくなるより、ずっといい。。

……っと、少し説教くさくなってしまいましたね。

天界の者の悪い癖ですね。反省、反省…

ああ、最後にもう一つ。

喪失で苦しいとき、心が沈んでしまっているとき――

そんな時こそ、周りを見てみてください。

気づかなかった温かさが、隣にあるものですよ。


それでは、語りすぎたので私はここで…

次回の話でまたお会いしましょう。

天界のスーパーエンジェル!

ガブリエルでした。

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