当たり前を知りたい新人
天使――
キリスト教において、天の使いとして人間界に遣わされ、
人の願いを神へと届ける尊き存在。
だが、ここにひとりだけ
仕事ができない新人天使がいた。
名前はまだない。
翼も片方しかなく、奇跡すらまともに起こせない。
けれど彼(または彼女)は、ずっと疑問を抱いていた。
「人間が言う当たり前とはなんぞや?」
そう、この天使は人を理解していないのだ。
「気になる………というわけで――」
「教えてくれ上司!」
そういいこの天使は知恵の天使ウリエル訪ねるのであった。
「……君は本当に敬わないね」
ウリエルは額を押さえながら、
光の書庫に積まれた分厚い書物を指さした。
「……当たり前というのは、人間がよく使う概念の一つだよ。例えば――『行ってきます』『いただきます』『ありがとう』……」
「そうそれ!それだよオレが知りたかったのは!さっすがウリエル先生!」
「先生ではありませんし、敬語を使いなさい。仮にも私はあなたの上司ですよ」
少しキレ気味で眼鏡をクイクイさせて言うウリエル。
「あと、人に聞く前に自分で調べなさい。私は人ではないですが」
「え~だって勉強嫌いだし……」
「怠惰ですね。滅ぼしますよ?」
そう言いウリエルはため息をついた。
「そんなに勉強が嫌いなら、実際に見て、聞いて、知るしかないね」
「えーと……それってどういう……」
「バk…新人の君には難しいかったか……つまりだな――」
「『地上へ降りる権利をあげよう』ということだ」
それを聞いた新人天使……ひとまずν(にゅー)とでも呼ぶとしよう。
νは唖然とした。
地上に降りる、または堕とされる。
それは実質クビや左遷のようなものだからだ。
「え、クビ?」
新人天使の顔が本気で真っ青になる。
光の存在なのに、青ざめるという奇跡だけは起きた。
ウリエルはため息をついた。
「はぁぁ……クビではないですよ。君が分かるように言うと“社会科見学”ですよ。」
「社会科見学……つまり勉強……いやです!」
「ダメです。強制です。早く行きなさい。これ以上抵抗するなら滅ぼしますよ?」
ウリエル、知恵や洞察、啓示を司るとされとても厳しかったとされる天使。
そして、この物語ではバカな部下に厳しい上司なのである。
「ですが、人間に化けるわけではないですよ。天使の掟で直接関わることが禁止されてますからね」
νが目をパチパチさせる。
「え、話しかけちゃダメなん⁉」
「当たり前です。干渉してはいけない。“観察するだけ”です。声をかけるのは不可。姿を見せるのも不可。奇跡
を起こすのも、当然不可。」
「えっ!じゃあどうやって当たり前を知ればいいんだよ!」
「仮にもあなたは天使なのですから、気配遮断や透明化くらいできるでしょ。できないなら飛行して隠れてください」
「え、雑……」
「ぐだい、早く行け」
ドスのきいた声が天界の図書館に響く。
その言葉に、新人天使はビクッと跳ねた。
「ぐ、ぐだい!?ウリエルってたまに雑になるよね!?」
「君がぐだぐだ言うから省略しただけです。いいから早く。ぐだぐだしている暇はありません」
ウリエルは完全に真顔だった。
どうやら本当に“噛んだ”わけではないらしい。
「それと定期的にレポートを提出してください。」
「えっ」
「簡単でいいので」
こうして新人天使(ν)の人間観察が始まったのであった。
どうやって下界にいったかって?
まあ、細かいことは気にしないでほしい。
本当に……
天界の掟というものがありましてね。
上がうるさいのですよ。
……ええ、主にウリエルがうるさいのです。
「語りすぎるな」「余計な説明はするな」と。
まったく——
知恵の天使というものは、ときに融通が利かない。
けれど……彼(または彼女)の旅を見守るのは、
わたしにとっても悪くない仕事なのです。
え?締めが長すぎる?
すみません、私はしゃべるのが好きなもので……
それでは、行きましょう。
ここから始まるのは、人間の“当たり前”を巡る物語——。
語り手はわたくし、ガブリエル。
どうか肩の力を抜いて、お付き合いくださいませ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回は、物語の始まりとなるプロローグをお届けしました。
『凡人の復讐記』とは違い、今作では残酷な描写をほとんど入れず、
“純粋に心が動く物語”を目指しています。
もし少しでも続きが気になった方がいらっしゃれば、
ぜひ以降のお話も読んでいただけると嬉しいです。




