第6話 春、そして出会い③ ごはん大好き三輪くん
冬を越えたタイチにとって、今日という日は“再出発”の朝。
再びボールを握れるーーそれだけで胸が熱くなる。
でも、彼を待っていたのは個性的すぎる仲間たちと、予想外の試練だった。
「……ぼ、ボクは九品寺優里って言います。ユーリって呼んでください。
中学のポジションは……えっと……センターでした。よ、よろしくお願いします……」
自己紹介の時、ユーリはまるで別人みたいに小さくなっていた。
さっきまでの明るさはどこへやら。
指先をいじりながら、視線を泳がせるその姿はーー小動物みたいだ。
(さっきあんなに元気だったのに……緊張してるのかな)
そんな様子が少しおかしくて、でもなぜか嬉しかった。
“友達”がここにいる。
それだけで、胸の奥がじんわりあたたかくなる。
次に立ち上がったのは、金混じりの髪をかき上げる背の高い男。
肩幅が広く、185センチを超える体格。
まるで外国選手のようなオーラをまとっている。
「三輪道広です」
短く言い切ると、少し間を置いてーー
「えっと……野球、ちゃんとやるのは初めてで……ポジションも、まだです」
「初めて!?」
オレは思わず声を上げた。
この体格で初心者!? どう考えても嘘だろ!
「……実は、ご飯が理由なんだ」
「は?」
「寮のご飯が美味しいってポスターに書いてあったから……それで入ろうって」
(……それで入るか!?)
確かに“美味しい食事付き”とは書いてあったけど。
次の瞬間、彼の腹が「ぐぅぅぅ〜」と鳴った。
「何だ今の音!?」
「……俺、です」
三輪は顔を真っ赤にしてポケットを探り、
ついにーーおにぎりを取り出した。
「……すみません。ちょっと限界で」
「今!? 今食うの!?」
「緊張すると腹減るんだよ……」
もぐもぐと真顔で食べる三輪。
そして満足げに一言。
「……ツナマヨ、うまい」
その瞬間、部屋中に笑いが弾けた。
張りつめていた空気が一気にゆるむ。
笑いながら、オレは気づいていた。
(あぁ……これが“チーム”ってやつか)
「んっ。さて、仕切り直そうか」
ヒカル先輩が全体を見渡し、静かに言う。
その声には、不思議な力があった。
「リュウが言った通り、去年ウチのチームは地区大会で準優勝だった。
だからこそーー今年は必ず優勝して、甲子園に行く。
もう一度、僕たちの手で“風”を吹かせよう!!」
その言葉に、部屋中がどよめき、拍手が湧き上がる。
胸の奥で何かが震えた。
(この場所で、もう一度“野球”ができるんだ)
寒い冬を越えて、泥だらけになって。
それでも信じ続けた“風”が、今、確かに吹いている。
拍手が止むよりも早く、背後から声が飛んだ。
「おい、新入り!」
リュウジ先輩だ。
至近距離で見ると、肩の厚みも、目の圧も、すさまじい。
「さっきの宣言ーー本気で言ったんだろうな」
「……もちろんです」
「なら言っとく。
ーーエースの座は、絶対に渡さねぇ」
その言葉は、挑戦状のようだった。
鼓動が早くなる。
でも、不思議と怖くはなかった。
(やっと、本気でぶつかれる場所を見つけた)
その緊張を切り裂くように、源監督の低い声が響いた。
「……ふむ。そんなにどっちが上か気になるならーー
明日、紅白戦でもしてみるか?」
空気が一瞬で凍りつく。
「えっ……紅白戦!? いきなり!?」
ユーリの声が裏返る。
三輪はおにぎりの包みを握りしめながら、真顔でつぶやいた。
「……勝ったら、夕飯おかわりしていいっすか」
「モチベーションが胃袋かよ!?」
オレがツッコむと、また笑いが広がる。
笑いと緊張が入り混じる中、胸の奥がじんわり熱くなった。
(やっぱり……野球って最高だ)
いきなり先輩相手の実戦。
でも、怖さよりも“うれしさ”が勝っていた。
もう一度、ボールを握って走れる。
それだけで、心が震えた。
(見ててくれ、じいちゃん。風は、もう吹いてる)
ーー紅白戦の幕が上がる。
この章は「孤独を抜けたタイチが、再び“野球の喜び”に触れる瞬間」。
仲間の笑い声も、挑発も、全部が生きてる証拠。
もう彼はひとりじゃない。
ここから、彼の“風”がチーム全体を巻き込んでいく。




