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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
準決勝 神威岬戦

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第一部・最終話「それでも、野球を」



 オレが全身の力を込めて振り切った、最後の一球。

 白球が唸りを上げ、レンの目前を通り抜ける。


 バットが空を裂く音――それだけが耳に残った。


 ……勝った。

 打席勝負は、確かにオレの勝ちだった。


 けれど、その瞬間、身体は限界を迎えていた。

 汗に濡れた指が、もうボールを握り切れない。

 肩は鉛のように重く、呼吸は砂を噛むみたいに痛い。


 次の打者への初球。

 乾いた音が夜気を裂いた。

 打球は白い弧を描きながら、ゆっくりと外野の奥へ消えていく。


 ――サヨナラ。


 あまりに静かな敗北だった。

 球場の空気が、ほんの一拍遅れて動く。

 歓声でも、泣き声でもない。

 ただ“終わった”という現実だけが、心に突き刺さった。





 ベンチに戻る。

 空気は重く、湿っている。

 土の匂いに、悔しさが混ざっていた。


 キャプテンの瞳から、音もなく涙が零れ落ちる。

 いつも冷静なリュウジ先輩が、唇を噛みながら肩を震わせていた。

 「……くっそ……!」

 嗚咽が、土の上に落ちる。


 誰も言葉を出さない。

 泣くしかないほど、全員が全力でやった。

 それでも届かなかった。


 オレだけ――涙が出なかった。


 夏の夜空を仰ぐ。

 照明の光に照らされた入道雲が、白く滲んでいる。

 手を伸ばせば届きそうなのに、どこまでも遠い。


 心の奥で、何かが凍りついていた。

 手のひらに残る汗と土の感触だけが、今の自分を繋ぎ止めていた。





 整列のあと、両チームがそれぞれのベンチへ戻ろうとしたその時――。


 「タイチ!」


 背中を貫くような声に、反射的に振り返る。

 照明の逆光の中、レンが立っていた。

 汗と涙に濡れた顔。それでも、まっすぐな目をしていた。


 「また来年ここで会おう! その時は――お互い、エースだ!」


 声が風に乗って届いた。

 迷いも、後悔もない、真っすぐな約束。

 その言葉が胸の奥で爆ぜ、熱が広がった。


 喉の奥が痛い。何も言えない。

 ただ頷くことしかできなかった。





 帰りのバス。

 窓の外は、すっかり夜だった。

 街灯が流れていくたびに、心の奥がちくりと痛む。


 座席のあちこちで、仲間たちが眠っている。

 バットケースの金具が、車の揺れに合わせて小さく鳴った。

 金属音がまるで、まだ続く戦いを告げているみたいで――

 ようやく、こらえていた涙が溢れた。


 悔しい。

 どうしようもなく、悔しい。

 でも、もう逃げない。


 レンは言った。

 “またここで会おう”と。


 終わりじゃない。

 ここからだ。


 オレたちは、まだ――野球を続けられる。

 この「煌桜チーム」で。




 外では、セミの声がかすれていく。

 夏の終わりを告げるように、夜風が頬を撫でた。

 遠くで、誰かがバットを振る音が聞こえる。


 野球が衰退したこの世界で、

 それでも白球を追いかける者たちがいる。

 グラウンドに立ち、泥にまみれながら笑う仲間たちがいる。


 オレも、そのひとりだ。

 ただ、野球を――愛しているだけの人間がここにいる。





 夜空の向こうで、微かな風が吹いた。

 それはまるで、もう一度走り出せと言っているみたいだった。


第一部・完



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