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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
準決勝 神威岬戦

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77/80

第59話 7回裏で 

七回を終えて、スコアは6―6。

互いに譲らぬ攻防の末、いよいよ最終回。ここを零で切れば、まだ勝ち筋は残る。



汗で重くなったユニフォームが肌に貼りつき、鼓動がひときわ大きく鳴った。


「――点は、やらない」


土の硬さを踏み締め、マウンドに誓う。


最初の打者は俊足のトウリ。

(様子見るな。懐を攻めろ)――ヒカル先輩のサインは鋭い。


インハイで度胸を試し、アウトローで目線を落とす……はずだった。

二球目、完璧に投げ分けたつもりの外角低め――


「キィン!」


僅かな踏み込みで、トウリが芯に乗せて一塁線突破。

土煙の向こう、審判の右手が伸びる。「セーフ!」


一気にリードを広げるトウリ。

牽制を続けるたび、あいつは余裕の笑みを投げてくる。

汗が掌に滲み、指先がわずかに震えた。


次打者は出塁率トップのエイト。

(焦るな。お前の球を信じろ)――ベンチの監督の目が、言葉の代わりに背中を押す。


深呼吸。夜気を肺いっぱいに吸い込み、雑音を吐き出す。


「ここからだ」


サインはバント警戒。初球、内角高め。

エイトのバットがわずかに遅れ、キャッチャーフライ。

ヒカル先輩が素早く前進して一塁へ送球、アウト。

――だが、その隙にトウリは二塁を陥れる。「セーフ!」


走者二塁、一死。

ここで――レン。


バットを肩に担ぎ、ゆっくりと笑む。挑発じゃない。ただ“勝負が楽しくて仕方ない”目。

胸が早鐘を打つ。ロジンを叩いたはずの指が、さっきは大暴投を生んだ。もう二度と、あれは許されない――そう思うほど、最悪のイメージが頭に絡みつく。


「タイム!」


ヒカル先輩の澄んだ声。守備陣が輪をつくる。


「不安なんだろ。“また打たれるかも”って」

ヒカル先輩が肩にそっと手を置く。


「……はい。すみません」


「バカ言え」リュウジ先輩が低く言い切る。

「俺だって痛打は怖ぇ。でも後ろに仲間がいる。忘れんな、タイチ」


「二遊間もついてるって〜」ショート先輩が明るく肩を叩き、

「僕たちが守るから」ユーリがまっすぐ瞳で続ける。

「サードは任せて」「センターもな」――ヒロたちの声が重なる。


指先の震えが消えた。

――そうだ。オレはひとりじゃない。


審判の合図。皆が散っていく。スタンドから「煌桜!」の声。

マウンドに一人。もう足は迷わない。


レンがバッターボックスに入る。目が合う。わずかに、笑う。

(来いよ――全力で)


その瞬間、ふっと記憶がひらく。


――――――――

〈幼い日の居間、古いテレビの前〉

「なぁ、じいちゃん。オレも“これ”やりたい!」

「いいかタイチ。“それ”はひとりじゃできん」

「じゃあ、じいちゃんがいるじゃん。一緒にやろうよ! それ、なんていうの?」

「……これはな――“野球”だ」

画面の投球音と同時に、じいちゃんの笑い皺。

〈河原のキャッチボール〉

「タイチ、野球は続けた分だけ楽しくなる。信じて続けりゃ、仲間に出会える」

――――――――


(レンに“じいちゃん”を重ねるのはやめだ。レンはレン。オレはオレだ)


帽子のつばを握り直す。

ヒカル先輩のミットが、静かに内角高めを示した。

初球――真っ向勝負。


「っしゃあ!」


足を高く上げ、胸を張る。

体重を一本の軸に集め、指先で縫い目を切り裂く。


――パァン!


乾いた爆音。ミットが揺れた。見送りのストライク。

レンの眉が、わずかに上がる。


二球目。外へ逃がすスライダーで目線をずらす。

三球目。落ちる球の“見せ球”で空振りを誘う――レンは見切る。

カウントは追い込んだが、簡単じゃない。ここからが本当の勝負だ。


(“ひとりじゃできん”。なら――)


ヒカル先輩がごく小さく頷く。サインは、内へ食い込む“風の”スライダー。

虎の巻に書かれていた、あの一本。わずかな親指の入りで、空気を切る。


トウリが二塁で身を沈める気配。歓声が遠のく。

世界が、ミットの芯だけになる。


「――行くぞ、レン」


全身の力を、最後の一球に集めた。


ボールは打者の胸元へ吸い込まれ、直前で鋭く切れた。

レンのフルスイングが、芯を数ミリ外す。


「――ッ!」


高いバウンド。三遊間前へ転がる小飛球。

ショート先輩が一歩目で読み切って前進、素手で掬い、一塁へ――


「アウトォ!」


どよめきが爆発する。トウリ動けず。二死二塁。

レンの悔しげな笑みと、こちらのガッツポーズが交差した。


(まだだ。あと“一つ”)


次打者の初球、思い切りのよい外角ストレート。

詰まった打球は、ユーリの正面。

一度だけ弾きかけたグラブを、彼は体で止めて拾い直し――一塁、送球。


「アウト! チェンジ!」


照明の白が一気に明るくなる。

ベンチへ駆け戻る足が、もう地面を選ばない。


胸の奥で、確かに“風”が吹いた。

余韻を味わう暇はない。ここから、取りに行く。



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