第57話 失われた魔球
照りつける午後の陽射しが、グラウンドの白線をぎらりと照らす。
ーーレンの投球準備が終わり、ついにオレの番が回ってきた。
マウンドまでの距離は遠いはずなのに、レンの気迫が距離を縮めてくる。
投手板に立つその姿は、まるで獣。
足を高く引き上げ、空気を切り裂く――。
バットを握る手に、自然と力がこもる。
(最初は外角……いや、レンの性格なら――)
考えるより早く、レンの視線がオレを射抜いた。
しなやかな腕が弧を描く。
――パァンッ!
空気を震わせる音。気づけば、ボールはミットの奥で静止していた。
(いきなりストレート!? しかもど真ん中……!)
反応すらできなかった。
レンは口元をわずかに上げ、「これが俺の球だ」と言わんばかりに笑った。
じいちゃんの“虎の巻”には、こうある。
――初球は外角で様子を見る。
だがレンは、その定石すら豪快に踏み破った。
その後も容赦ない変化球が襲いかかる。
オレは必死にバットを振るが、ファールで逃げるのが精一杯だった。
腕が痺れる。指先が熱い。
リュウジ先輩の球よりも、はるかに重い。
まるで鉛を打ち返しているようだ。
そして――最後の一球。
レンの指が、ボールを人差し指と中指で挟む。
落差の大きいフォーク。
高校では“失われた魔球”と呼ばれる球だ。
190センチの長身から放たれた瞬間、白球は――消えた。
「っ……!」
スイングしたが、空を切る風音だけが耳に残る。
「ストライク! バッターアウト!!」
審判の声が胸を貫いた。
打席勝負は、レンの完全勝利。
レンは雄叫びを上げ、拳を突き上げる。
太陽を背負って笑うその姿が、あまりにも眩しかった。
一方のオレは――ただ、悔しかった。
ベンチまでの数メートルが、永遠みたいに長い。
握ったバットが重くて、指先が震える。
(打てなかった……完全に、力負けだ)
胸の奥で、何度も同じ言葉が反響した。
---
ベンチに戻ると、空気がひやりと肌にまとわりついた。
声援も、ざわめきも、遠くに霞んで聞こえる。
そんなオレを、ユーリとヒロが駆け寄ってくる。
「タイチ……大丈夫!?」
「まさか、あのタイチが打てないなんて……」
心配そうな顔。まるで怪我でもしたみたいに。
オレは息を整え、バットを支えながら答えた。
「……あれがフォークだ。
日本の高校で投げられる奴なんて、今じゃほとんどいない」
「え……なんで?」ユーリが目を見開く。
「野球が衰退して、技術も途絶えた。
フォークは“失われた技術”なんだよ」
言葉にした瞬間、二人の顔色が変わった。
ユーリは唇を噛み、ヒロは拳を握る。
「そんな……どうすれば勝てるんだよ」
ベンチに重たい沈黙が落ちた。
風の音だけが、遠くで鳴っていた。
頭の奥がぐるぐるする。
じいちゃんの“虎の巻”に、フォーク攻略のページがあった気がするのに――思い出せない。
レンの姿に、あのじいちゃんが重なって見える。
まるで記憶の奥が封じられたみたいに。
そのとき。
低く鋭い声が背後から飛んだ。
「――フォークの弱点なら、ある。」
振り向くと、監督が腕を組んで立っていた。
その目が真っ直ぐにオレを射抜く。
「次の打席で試せ。突破口は、必ずある。」
短い言葉に、全てがこもっていた。
胸の奥で、何かが弾ける。
視界が一気に開ける。
「……やってみます!」
オレは頷いた。
ヒロが拳を上げ、ユーリも力強くうなずく。
「うん、やろう! みんなで!」
ベンチの空気が、静かに変わる。
沈黙の奥に熱が宿る。
さっきまで押しつぶされていた悔しさが、今は炎に変わっていた。
レンの魔球――必ず打ち破る。
---
風が止まったような静けさの中、オレたちは再び立ち上がった。
」
---
照りつける午後の陽射しが、グラウンドの白線をぎらりと照らす。
――レンの投球準備が終わり、ついにオレの番が回ってきた。
マウンドまでの距離は遠いはずなのに、レンの気迫が距離を縮めてくる。
投手板に立つその姿は、まるで獣。
足を高く引き上げ、空気を切り裂く――。
バットを握る手に、自然と力がこもる。
(最初は外角……いや、レンの性格なら――)
考えるより早く、レンの視線がオレを射抜いた。
しなやかな腕が弧を描く。
――パァンッ!
空気を震わせる音。気づけば、ボールはミットの奥で静止していた。
(いきなりストレート!? しかもど真ん中……!)
反応すらできなかった。
レンは口元をわずかに上げ、「これが俺の球だ」と言わんばかりに笑った。
じいちゃんの“虎の巻”には、こうある。
――初球は外角で様子を見る。
だがレンは、その定石すら豪快に踏み破った。
その後も容赦ない変化球が襲いかかる。
オレは必死にバットを振るが、ファールで逃げるのが精一杯だった。
腕が痺れる。指先が熱い。
リュウジ先輩の球よりも、はるかに重い。
まるで鉛を打ち返しているようだ。
そして――最後の一球。
レンの指が、ボールを人差し指と中指で挟む。
落差の大きいフォーク。
高校では“失われた魔球”と呼ばれる球だ。
190センチの長身から放たれた瞬間、白球は――消えた。
「っ……!」
スイングしたが、空を切る風音だけが耳に残る。
「ストライク! バッターアウト!!」
審判の声が胸を貫いた。
打席勝負は、レンの完全勝利。
レンは雄叫びを上げ、拳を突き上げる。
太陽を背負って笑うその姿が、あまりにも眩しかった。
一方のオレは――ただ、悔しかった。
ベンチまでの数メートルが、永遠みたいに長い。
握ったバットが重くて、指先が震える。
(打てなかった……完全に、力負けだ)
胸の奥で、何度も同じ言葉が反響した。
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ベンチに戻ると、空気がひやりと肌にまとわりついた。
声援も、ざわめきも、遠くに霞んで聞こえる。
そんなオレを、ユーリとヒロが駆け寄ってくる。
「タイチ……大丈夫!?」
「まさか、あのタイチが打てないなんて……」
心配そうな顔。まるで怪我でもしたみたいに。
オレは息を整え、バットを支えながら答えた。
「……あれがフォークだ。
日本の高校で投げられる奴なんて、今じゃほとんどいない」
「え……なんで?」ユーリが目を見開く。
「野球が衰退して、技術も途絶えた。
フォークは“失われた技術”なんだよ」
言葉にした瞬間、二人の顔色が変わった。
ユーリは唇を噛み、ヒロは拳を握る。
「そんな……どうすれば勝てるんだよ」
ベンチに重たい沈黙が落ちた。
風の音だけが、遠くで鳴っていた。
頭の奥がぐるぐるする。
じいちゃんの“虎の巻”に、フォーク攻略のページがあった気がするのに――思い出せない。
レンの姿に、あのじいちゃんが重なって見える。
まるで記憶の奥が封じられたみたいに。
そのとき。
低く鋭い声が背後から飛んだ。
「――フォークの弱点なら、ある。」
振り向くと、監督が腕を組んで立っていた。
その目が真っ直ぐにオレを射抜く。
「次の打席で試せ。突破口は、必ずある。」
短い言葉に、全てがこもっていた。
胸の奥で、何かが弾ける。
視界が一気に開ける。
「……やってみます!」
オレは頷いた。
ヒロが拳を上げ、ユーリも力強くうなずく。
「うん、やろう! みんなで!」
ベンチの空気が、静かに変わる。
沈黙の奥に熱が宿る。
さっきまで押しつぶされていた悔しさが、今は炎に変わっていた。
レンの魔球――必ず打ち破る。
風が止まったような静けさの中、オレたちは再び立ち上がった。




