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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチ始まりの章

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第6話 春、そして出会い② タイチの決意!!

夢だけを頼りに踏み出した新しい場所。

だけど、そこには“理想”とは違う空気が流れていた。

これは、タイチが初めて「自分の熱が届かない世界」に触れる章。

それでも、彼の胸の中には確かに“風”が吹こうとしている。



コツ、コツーー。

ドアの向こうから、靴音がゆっくりと近づいてくる。

「そろそろ時間だな。集合、全員そろってるか?」


入ってきたのは源さんーーいや、今日からはオレたちの監督だ。

濃紺のジャージ姿。その立ち姿だけで、空気がピンと張りつめた。


「新入生を含めたメンバーは、これで全員かな? ……主将」


呼ばれた主将らしき人物が、静かに顔を上げる。

端正な顔立ち、落ち着いた声。まるで氷のように冷静だ。


「いえ、まだ一人来ていません。時間は伝えてあるんですが……」


 監督は短く息を吐き、手を叩いた。


「アイツか……まあ時間も惜しい。先に始めるぞ。

 それぞれ自己紹介を」


 その言葉を聞いた瞬間、反射的にオレの手が上がった。

心臓がドクドクとうるさい。けど、止まれない。

ずっと夢見てた瞬間が、今なんだ。


「一条タイチです! ポジションはピッチャー!

 夏の大会、絶対優勝します!!」


 言い切った瞬間ーー静寂。


 空気がピタリと止まった。

 時計の針の音まで聞こえそうなほど。

 周囲の視線が、一斉にオレを刺す。


(……あれ? なんで誰も喋らない?)


 笑いも、拍手もない。

 ただの静寂。

 胸の奥で“風”が止まる音がした。


 ちらりと横を見ると、

 となりのユーリの顔が真っ青になっていた。


(やば……! やっぱり変なこと言っちゃったのか!?)


ユーリは「ひぃ……っ」と声にならない息を飲み、

慌てて膝の上で両手を組んでいる。

目だけが(タイチくん逃げて!!)と言いたげに泳いでいた。


その小さな動揺が、逆に場の緊張を際立たせた。

誰かが、ふっと鼻で笑う。

その小さな音が、やけに大きく響いた。


(うわ、完全にやっちまった……!)


顔が熱い。背中に汗が滲む。

 “夢”を語っただけなのに、場違いな熱だけが浮いていた。


 そのときーー

 窓の外から春の風が吹き抜けた。

 カーテンが揺れ、沈黙をかき混ぜる。


 そして、


 バンッ!!

 ドアが爆発したみたいに開いた。


「よぉ、その大きな声、外まで聞こえてきたぜ」


 ミーティングルーム内に低く響く声。

 廊下の奥から、サングラスの男が歩いてくる。

 がっしりした体格、獣のような眼光。

 さっき廊下でぶつかった男だ。


「いきなり“優勝します”だと? ……上等じゃねぇか。

 けど言っとくぞ。去年、ウチが地区大会“準優勝”だったのを知ってて言ってんだろうな? ……新入り」


 空気がピキリと張りつめた。


(じ、準優勝……!? そ、そんな強豪校だったの!?)

(ま、まさかオレ、合格して浮かれてて、監督の話ちゃんと聞いてなかった!?)


 頭の中が真っ白になる。

 監督の「厳しいぞ」の部分しか覚えてない。

 もしかしてオレ、名門校に足を突っ込んだってこと……?


 監督は腕を組み、「やれやれ」とでも言いたげな顔。

 その視線が痛い。いや、刺さる。


(まずい……オレ、本気でやっちまった)



「それ以上はやめろ、リュウ」


 低く落ち着いた声が、空気を割った。

 声の主は、“主将”と呼ばれていた人物ーー天王寺光琉ヒカル


 柔らかな髪にタレ目。

 けれど、その瞳の奥は穏やかさの中に確かな火を宿している。


「落ち着け。投手として、それくらいの気概はあっていいだろう?」


「でもよ、ヒカル!」


 リュウと呼ばれた人物が食い下がろうとしたその時ーー


「おいおい、リュウジもヒカルもそんな怖い顔しないでさ〜」


 間延びした声が場の緊張をふっと溶かした。

 サラリとした長髪を指でくるくるいじりながら、にやっと笑う長身の男。


あっ、さっきユーリを見て面白そうにしていた人だ!


「見てよ一年生たち、完全に固まってるじゃん。

 もうちょっと和やかに行こうよ〜〜。

 あっ、俺二年の水城みずき聖斗ショート。気軽に“ショート先輩”って呼んでね〜♡」


 軽い口調に、周囲の空気が少しだけ和らいだ。

 けれど、オレの胸の鼓動はまだ収まらなかった。


(この人たち……まるで“本物の野球”を生きてる)


 リュウジ先輩。ヒカル先輩。ショート先輩。

 その全員が、憧れの“舞台の中”にいる。

 自分が立つ場所が、急に遠く感じた。



「さっきはリュウがすまなかったね、タイチ君」


 ヒカル先輩が穏やかに笑って歩み寄る。

 その笑顔には圧も棘もない、ただ真っすぐな温度があった。


「彼は土門 龍二リュウジ。チームのエースだ。そして僕はこのチームの主将ーー天王寺 光琉ヒカル。捕手をやっている。よろしく頼むよ」


 差し出された手を握った瞬間、思わず息を呑む。

 優しい声なのに、その手は分厚く、硬く、温かかった。


(……この人たちは、“覚悟”で野球をしてる)


 軽い“優勝します”なんて言葉じゃ届かない。

 オレは今、憧れと現実の狭間に立っている。

 そのことを、痛いほど思い知らされた。





「夢を語る」と「現実の中で戦う」ことは、似ているようでまるで違う。

タイチはここで、初めて“覚悟”という言葉の重さを知る。

でもこの緊張こそが、彼を強くする最初の風。


次回ーーその風が少しずつ仲間を巻き込み、


“チーム”という名の物語が動き出す。



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