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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
準決勝 神威岬戦

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第50話  神威岬の主砲

 敵の四番――それは、単なる打者ではない。

 チームの象徴であり、恐怖と誇りを一身に背負う存在。

 今回は神威岬の主砲・明智レンの“圧倒的な進化”を描きました。

 彼の一打が、タイチたちに何を残すのか。

 それがこの戦いの“核心”になります。



 照りつける午後の日差しが、白線をぎらりと焼いた。


 こちらの攻撃が空振りに終わった瞬間、スタンドのざわめきが、まるで音を奪われたように静まり返る。


 次は相手の攻撃。


 ゆっくりと打席へ歩み出たのはーー神威岬の四番、明智連十郎レン


 その影を見た瞬間、背筋を氷柱でなぞられたような感覚が走った。

 あの春の練習試合で感じた圧なんて、もはや比べものにならない。


 「成長した」そんな言葉じゃ足りない。


 打席に立つだけで、風が止まる。

 観客のざわめきが遠のき、音すら屈する。

 まるで黒いオーラを纏い、マウンドの空気を支配していくようだった。


 神威岬の打順は異質だ。

 七イニング制のチームが一点突破を狙う中、

 彼らは九人全員が“一発で仕留める力”を持っている。


 その中心で、レンは確かにーー主砲として君臨していた。


 ヒカル先輩が目で合図を送る。

 (まずはインコース、ギリギリを見せろ)


 じいちゃんの“虎の巻”どおりの作戦だ。


 ――内角を見せておけば、外角低めが生きる。


 リュウジ先輩なら完璧に決める。

 精密機械みたいな制球力。信頼できる“職人”の腕。


 一球目、鋭いインコース。


 レンは一切動かない。

 まるで球筋を測るように、冷たい眼差しで見送った。


 そして、本命――アウトロー。


 アウトローとは、「外角(バッターから遠い側)の低め」に投げる球。

 打者にとっては最も届きにくく、ボール球すれすれ。

 芯で捉えるのはほぼ不可能――それが“絶対領域”と呼ばれる理由だ。


 リュウジ先輩が足を上げ、

 鋭く踏み込み、右腕をしならせる。


 ーー唸るストレート。


 その瞬間。


 ーーキイィィィィンッ!!


 乾いた金属音が、球場の空気を切り裂いた。

 白球が弾丸のように、夏空の蒼穹を貫いていく。


 誰もが息を止めた。

 外野手すら動けない。


 ボールは――スタンドの奥へ消えた。


 「……うそ、だろ……」


 声にならない呟き。

 それが全員の心の声だった。


 レンがーーあのアウトローを打った。

 誰も届かないはずの“絶対領域”を。


 打球音だけが耳に残り、遅れて心臓が跳ねる。

 どくん。どくん。

 胸の奥が熱を帯びて震える。


 成長なんかじゃない。


 これは“進化”だ。


 バットを軽く下ろしたレンの横顔は、

 挑発も誇示もない。

 ただ静かに、誇り高く燃えていた。


 神威岬の四番、明智連十郎。

 彼は、確かに“頂点”にいる。


 その姿を見てーー震えた。

 怖さでも、悔しさでもない。


 武者震いだった。



 

作中で登場した「アウトロー(外角低め)」は、

 ピッチャーが最も狙う“決め球の聖域”です。

 外角の低い位置に決まる球は、バッターの腕が届きづらく、

 強打者でも打つのは至難の業。

 だからこそ、そこを仕留めたレンの一打は“奇跡”ではなく“覚醒”でした。


 野球では、技術と精神が紙一重で繋がっている。

 この一球で、レンはただのライバルではなくーー

 タイチにとって“越えるべき壁”になったのです。


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