第47話 風をつなぐダブルプレー
それぞれの“答え”を探しながら、ここまで来た。
リュウジが背負ってきた悔しさ。
ヒカルが見てきた仲間の背中。
そして、ユーリが向き合う“兄との距離”。
誰もが迷いを抱えたまま、それでも前を向く。
それが、煌桜の野球。
グラウンドに吹く風はまだ若いけれど、
確かに、そこには“絆の形”があった
1.支える四番の誇り(リュウジ先輩視点)
俺はずっと、チームの四番打者として仲間を支えてきた。
正直、投手と打者の両立はキツい。
投げれば投げるほど腕は重く、バットを握る手にも疲労は溜まる。
去年の地区大会決勝ーーあの悔しさは、今も焼きついている。
二年だった先輩たちが次々と野球をやめていく背中を、ただ見送るしかなかった。
だからこそ、夏の大会前。
一年のヒロが四番に選ばれた時、胸の奥がざわついた。
悔しさと、安堵が同時にきた。
“これでチームが少し強くなるかもしれない”――そう思えた。
そして、ヒロは期待どおりだった。
この大舞台でも、堂々と結果を出してくる。
緊張よりも先に、誇らしさが込み上げた。
ヒカルが粘って倒れた直後、相手ベンチから「申告敬遠」の合図が出た。
俺を歩かせて勝負を避ける、序盤で失点したくない相手の判断だろう。
だが、俺の後ろにはショートがいる。
出塁率ならチーム随一。
最近のショートは、どこか違う。
元々明るい性格だが、今の笑い方には“芯”がある。
自分を信じきっている者だけが持つ、強さの笑顔。
ここ一番の場面でも動じないーーそれが、今のショートだ。
大丈夫。アイツならやれる。
2.進化したショート(先制打)
ベンチからユーリ君の声援が届く。
打つ。絶対に。
渾身のフルスイング。
乾いた音がグラウンドに響く。
打球は鋭いライナーとなって二塁手の間を抜け、芝を転がっていった。
二塁のヒロ、一塁のリュウジが全力でホームへ突っ込む。
スライディングの土煙が上がると同時に、球審の右手が高く伸びた。
「ーーセーフ!!」
歓声が爆発する。
待望の先制、二点。
最高の滑り出しだ。
3.センターの壁(レオの守備)
一回裏。守備の時間。
センターに立つ俺の胸は高鳴っていた。
けれど、不思議と怖くはない。
ヒロも、ユーリも、みんなが俺の背中を押してくれている。
キィンーー!
高い音が空を裂く。白球がセンター方向へ伸びてくる。
俺は地を蹴った。
これまでなら、夏の日差しに目を焼かれて見失っていたかもしれない。
でも今はリュウジ先輩からもらったサングラスがある。
パスッ。
吸いこまれるようにグラブが白球を包み込む。
アウト。
胸の奥がじわりと温かくなった。
安堵と、誇りと。
(見ててくれ、先輩。俺たちはまだ、風の中にいる)
4.ユーリと兄の覚悟(セカンド視点)
一方その頃、セカンドのユーリ。
ボクは少しだけ、手が震えていた。
兄さんが相手チームにいる。
それだけで、胸の奥がざわつく。
試合前、兄さんは真っすぐな瞳で言った。
「今日は勝つ」
その顔を見た瞬間、息を飲んだ。
兄さんの髪が、ひとつに結ばれていた。
初めて見る髪型。
それが兄さんの“覚悟”を物語っていた。
まるで、心の迷いをひとつに縛り上げたように。
前の鋭い目じゃない。
曇りのない、真正面からの視線。
だからボクも言い返した。
「……ボクも負けないよ、兄さん」
その瞬間、兄さんがわずかに目を見開いた。
ーーこんな表情、初めて見た。
でも、動揺している暇はない。
5.風をつなぐダブルプレー
一回裏。
レオが一人目をアウトにしたあとも、相手は鋭い打球を放ってくる。
ダンッ。
セカンド方向へ速いゴロ。
ボクは滑り込みながらグラブを伸ばした。
ーー捕った!
土の感触が指に食い込み、体の奥で心臓が跳ねる。
そのままショート先輩の方へ送球。
「ユーリ!」
「了解ッ!」
息が合った。
ダブルプレー完成。
スタンドがどよめく。
監督は「内野への負担が大きくなる」と言っていた。
けれど、どんな球だって捕ってみせる。
ショート先輩との連携で、絶対に点はやらない。
心の奥で、そっと誓う。
兄さん、ボクは負けない。
浜風が再びグラウンドを駆け抜けた。
砂が舞い、ユニフォームの裾が揺れる。
その風の先に、兄さんの背中が見えた。
もう怯えない。
この試合で証明する。
ボクが“九品寺ユーリ”として、風をつなぐ。




