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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
準決勝 神威岬戦

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第46話 風を裂くツーベース


 



 試合開始を告げるサイレンが、夏の空を切り裂いた。

甲高い音が、真っ青な空の奥まで突き抜ける。


先攻・煌桜学園。後攻・神威岬高校。

スタンドの熱気が揺れ、グラウンドの白線が陽炎に溶けていた。


マウンドに立つのは――レンじゃない。

背番号1。神威岬の“本物のエース”。


試合前の映像で見た時よりも、実物の存在感ははるかに重かった。

キレのある制球、多彩な変化球。

そして何より――球そのものに“圧”がある。


体格の迫力とフォームのしなやかさが融合して、

投げるたびに空気が震える。

まるでボールが風を纏って突き抜けてくるみたいだった。


(……パワーも制球も、リュウジ先輩以上か……?)


喉の奥で息を呑む。

あのリュウジ先輩ですら、思わず一歩引くかもしれない。

それほどの完成度。もはや“高校生の域”を超えていた。


 


一番打者の俺は、打席に立つ。

バットを構える指先がわずかに震える。


初球――スイングが一瞬遅れた。

乾いた音とともに、ミットが火を噴く。


「ストライク!」


審判の声が、空気を裂く。

二球目は内角高め、顔スレスレの球。

避けたつもりでも、判定は――またストライク。


(くそ、なんてキャッチャーだ……!)


ただのボールを“ストライクに変える”。

キャッチャーの腕前は、まさに職人技。


捕球の瞬間、ミットを一ミリも動かさない“ピタ止め”。

その精度と自信が、バッターの心をわずかに揺らす。

たったそれだけで、流れは相手のものになる。


三球目。

振った瞬間、手のひらが痺れた。

空を切る音。

空振り三振。


ベンチに戻る背中を、汗が伝う。

流れは完全に神威岬――そう思った、その時。


 


「タイチ、大丈夫だよ。ここは俺に任せて」


ヒロが軽く笑い、バットを握りしめて打席に向かう。

その背中に、妙な頼もしさを感じた。


 


ーー入部した頃、ヒロには自信なんて欠片もなかった。

けれど最初の練習試合で結果を出し、

監督に「三輪はチームの4番になれる」と言われた日から、

彼の目は変わった。


仲間がいるから、強くなれる。

その実感が、彼を支えていた。


 


今は2番打者。けれど、監督はこう言った。

「打席は多い。4番のつもりで打て」と。


(ここで打たなきゃ流れを奪われる。俺が繋ぐ)


タイチの打席を見ながら、

ヒロは相手投手のフォーム、キャッチャーのリード、

全てを頭に叩き込んでいた。


(抑えたいだろうな。でも、こっちだって毎日リュウジ先輩の剛球を見てる。

 打てるはずだ。いや、打つ)


バットを握る手に力がこもる。

カウントはフルだ。

粘って、粘って、最後の一球を待つ。


ピッチャーが大きく振りかぶった。

球種を読ませない完璧なフォーム。

だからこそ、ヒロはギリギリまで引きつけた。


「キィィィィィン!!」


澄み渡る夏空を裂いて、白球が右中間を抜ける。

歓声が一斉に上がる。

タイムリーツーベース。


スタンドの風が揺れた。

ベンチが跳ねた。

仲間の声がグラウンドに響く。


(やった、ヒロ……!)


ワンアウト、ランナー二塁。

次はヒカル先輩、そしてリュウジ先輩へ。

流れは、確かにこっちに傾き始めていた。


 


――ヒロ君の成長に、息を呑むしかなかった。


(ヒカル先輩視点)


あの場面であんな一撃を放つなんて。

入部当初の彼を知る僕からすれば、まるで別人だ。


次は僕の番。必ず出塁して、リュウに繋ぐ。

胸の奥で小さく呟く。


だが――さすがは神威岬のエース。

一球ごとに角度を変え、コースを外し、

完全に“読み”を封じてくる。


ファールで粘る。

食らいつく。

けれど、最後の一球は……空を切った。


(くっ……!)


悔しさが胸に突き刺さる。

けれど、うつむかない。


ネクストサークルに立つリュウジが、

炎のような瞳でバットを構えていた。


その背中が、僕らの希望をまっすぐに示していた。


 


風が吹く。

汗をはらうように、夏の空気が流れていく。


次の一撃が、試合を変える。

それを誰もが、感じていた


今回は「静と動」が交錯する回でした。

 豪腕エースの“圧”に押されながらも、ヒロが風を切り拓く。

 その裏で、ひときわ光ったのがキャッチャーのピタぴたどめです。


 ピタ止とはーー

 キャッチャーが投手のボールを受けた瞬間、ミットを一切動かさずに“止める”技術のこと。

 ボールの勢いを吸収しながら、そのままストライクゾーン上で“止めて見せる”ことで、

 審判の目には「完璧なストライク」に映る。

 いわば、“ストライクを演出する職人技”なんです。


 ボール一つ分、わずか数センチ。

 それだけでカウントも、勝敗も変わってしまう。

 だからこそ、キャッチャーの“止め”がチーム全体の呼吸を支えている。


 タイチが思わず「くそ、なんてキャッチャーだ……!」と感じたのも無理はない。

 彼が見たのは、技術で風を操るもう一人の“投手”の姿でした。


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