第45話 真夏、風の答え
長い旅路の果てに、ようやく辿り着いた――甲子園。
ここまで共に戦い、信じ、倒れて、また立ち上がってきた。
けれど、ここから先は「夢」ではなく「証明」の場所だ。
ここは甲子園。
憧れ続けた聖地に、オレたちはようやく立っていた。
潮風がユニフォームを揺らし、朝日が照り返る。
砂の匂い、芝の青、スタンドから響く歓声――
全部が、夢の続きみたいだった。
すでに神威岬のメンバーは整列していた。
整然と並ぶ姿はまるで軍隊のようで、その背番号が朝日を反射してまぶしく光っている。
アンダーシャツは深い青。ユニフォームは、氷のように薄い水色。陽を受けるたびに淡く輝き、まるで“北の海から吹く風”をそのまま纏っているようだった。
その冷たい静けさの中でーーひときわ強く光を放つ影があった。
ーーレン。
映像で見た時から、覚悟はしていた。だが、実際に目の前に立つと、その存在感はまるで別物だった。
背は伸び、肩幅も厚くなっている。放つオーラが違う。
同じ人間なのに、まるで“進化”していた。
こちらに気づいたレンが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「久しぶりだな、タイチ。
絶対ここまで来ると思ってたぜ。
今日、俺様はお前にも、試合にも勝ってやる!」
挑発混じりの声が、夏の空に突き刺さった。
けれどその笑みの奥には、あの頃にはなかった覚悟が宿っている。それを見た瞬間、胸が熱くなった。
「レン。オレこそ今日は打たれない。試合も、勝つ!」
負けじと宣言すると、レンはにやりと笑った。
その笑みは挑発でも皮肉でもなく、“ようやく同じ場所に来たな”――そんな誇らしさが滲んでいた。
試合開始前だというのに、二人の間にはすでに火花が散っていた。
空では蝉が鳴き、スタンドからは波のような歓声。
夏の匂いが、熱く胸を刺した。
その少し後ろで、もう一組の視線が交わっていた。
ーーユーリと、その兄・トウリ。
おたがい、何も言わない。
ただ、まっすぐ見つめ合っていた。風が吹けば、言葉よりも確かな“痛み”が伝わる。
トウリの髪はひとつに結ばれていた。あの頃にはなかった、凛とした大人の横顔。
その変化に、ボクの胸が静かに揺れた。
(……兄さん、やっぱり強くなったんだ)
言葉を交わせば、崩れてしまいそうで。だから、ただ見つめ合う。
金属バットの音が響くたび、心臓が跳ねた。
(兄弟なのに、遠いな……)
タイチはその空気を感じ取り、息を呑んでそっと拳を握りしめた。
そして、もう一方では別の火花が散っていた。
ショート先輩が、わざとらしく首をかしげながら声をかける。
「あれ〜〜、君は俺たちを馬鹿にしたエイト君じゃないか?」
ショート先輩の挑発とも冗談ともつかない笑顔。
だが、空気が一瞬で張りつめる。エイトは一瞬だけ俯いた――ほんの刹那。
唇を噛みしめ、ゆっくり顔を上げる。
「……今は違う」
短く、それだけ。春の練習試合の時の軽口も、あの“タンタン”と鳴らす癖もない。
静かな炎のように、瞳が燃えていた。
ショート先輩が少し驚いたように目を細める。
「ふうん」とだけ言って、軽くグラブを叩いた。
風が二人の間を抜け、球場の砂を舞い上げる。
熱と誇りが混ざり合い、夏の空気が震えていた。
(ーーそれぞれの“再会”が始まっている)
オレは帽子のつばを握りしめ、深く息を吸った。
胸の奥で、じいちゃんの声がかすかに響く気がした。
“タイチ、風を掴め”
夏の風が吹き抜けるたび、甲子園の空が少しずつ熱を帯びていく。
ーーいよいよだ。試合が始まる。
ここからが、オレたちの“真夏の答え”を出すときだ。
ここまで支えてくれた読者の皆さんへ。
ついに、甲子園。物語の風が、いま頂へと吹き抜けます。
レンとの再会は、単なるライバル対決ではありません。
タイチがこれまで出会ってきた仲間、積み重ねてきた想いーー
そのすべてが“風”として形になる瞬間です。
そして、監督・源頼和が託した「信じる野球」。
ユーリとトウリ、エイトとショート、それぞれの因縁が交差し、
物語は最も熱く、最も静かな夏を迎えます。
次回、ついに試合開始。
誰の想いが風を掴み、誰の夢が空へ届くのか――
“答え”は、グラウンドの中に。




