表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
準決勝 神威岬戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/80

第44話 北の牙、風の境界

嵐の前の静けさ。

 勝ち続けてきた煌桜に、ようやく“宿命”の風が吹こうとしていた。


 北の大地――神威岬高校。

 そこに立つのは、かつての仲間であり、いまの最大の壁・レン。


 彼らが積み重ねたもの、

 そして監督が胸に秘めた“過去”。


 すべてが、ひとつの風に繋がっていく。





 ーーオレたちは、ついに準決勝まで勝ち上がってきた。

時には突然の豪雨に足を取られ、浜風に打球をさらわれそうになった試合もあった。

それでも強豪を倒し続け、ここまで来た。

そして今、目の前にあるのはーーレンがいるチームとの対決だ。


 

 作戦会議の最中、監督がふと昔話を切り出した。

「俺の現役の頃はな、東北や北海道のチームは、甲子園の優勝回数が他よりずっと少なかった」

理由はひとつじゃない。ーー雪だ。

長く厳しい冬が練習時間を奪い、氷点下の空気が筋肉をこわばらせる。


「だから有望な選手は越境して南へ行ったり、逆に南から雪国に挑む奴もいた。地元でレギュラーを取れなくても、別の土地で甲子園を狙うためにな」

監督の声には、遠い記憶のような温度があった。

少子化が進んだ今じゃ、そんな“越境”が当たり前だったなんて、想像しづらい。


そしてーー今。

レンが所属する神威岬かむいみさき高校は、北の大地で牙を研ぎ続ける“新たな名門”だった。


「監督。寒い北海道で、どうやってそこまで練習できるんですか?」


ヒロの問いに、監督はパンフレットを取り出して答えた。

そこに載っていたのは、まるでプロ球団のような光景だった。

壁一面のピッチングマシン。人工芝の室内練習場。

北国の冬をものともしない全天候型ドーム。

オレは胸の奥がざわめいた。


一番に口を開いたのはショート先輩だ

「うわ〜〜、すごいねこれ! ぜんぶ最新式じゃない?」

目を丸くしてパンフレットを覗き込む。

その長い髪を指でくるくる弄びながら、子どものように興奮していた。


「フッ……流石、金持ちの学校といったところか。桁が違う」

レオが腕を組み、鼻で笑う。どこか悔しさを噛み殺すような声だった。


「確かにな」

 リュウジ先輩も静かに腕を組み、額にうっすら汗を浮かべる。

強敵を前にした時の、あの冷や汗。

ベテランの直感が、危険を告げていた。


「……北海道は美味いもんたくさんあるよな。これだけの金持ちなら、グルメも全部制覇してんじゃね?」

ヒロはというと頬を緩め、想像だけでヨダレを垂らしかける。


「ちょ、ちょっとヒロ! ストップだよぅ!」

ユーリが慌ててティッシュを差し出しながら、半泣きで止めに入った。

場の空気が少し和み、笑いが漏れる。


だが、そのパンフレットを見つめる監督だけは、表情を変えなかった。

笑い声の奥で、どこか遠い目をしていた。



雪に閉ざされた土地が、“静寂の中で力を蓄える戦場”に変わっている。


「しかもな、あそこは海外にも選手を送り出してる。向こうじゃ野球はメジャー競技だ。環境もチャンスも段違いだ」


監督の声には羨望と警戒が入り混じっていた。

ただしーー誰でも入れるわけじゃない。

家柄、財力、そして圧倒的な実力。その三つを兼ね備えた者だけが門をくぐれる。

レンの家が裕福だったことを、ふと思い出す。あいつなら、当然のようにその条件を満たしているだろう。


「……そんなすごい学校と、どうしてオレたちは練習試合ができたんですか?」

オレの問いに、監督は少し目を細めた。

「向こうの監督とは旧知の仲でな。昔、同じグラウンドを踏んだ――戦友みたいなもんだ」

その声音に、一瞬だけ懐かしさが滲む。


ならばこの対戦も、ただの偶然じゃない。監督たちの(絆)が、再び風を運んできたんだ。


「強さなんてのは、あっという間に移り変わる。いつの時代も、“王者”は入れ替わるもんだ」

その言葉が胸に響く。

永遠の王者なんていない。だからこそーー今、この瞬間に全力を懸ける意味がある。


 

 ミーティングルームの照明が落とされ、スクリーンが光を放った。

タイトルには、無機質な白文字。

「神威岬高校・最新試合」

映し出されたのは、見慣れた顔。

ユーリの双子の兄、トウリ。

そして、あの練習試合で挑発してきたエイト。

……あの頃とはまるで別人だった。

フォームも、体の厚みも、全てが研ぎ澄まされている。

スクリーン越しに、ひりつくような“完成度”が伝わってきた。

そしてーーレン。

練習試合では一度も投げなかった、あのレンが。

マウンドに立っていた。

背番号は、オレと同じ「10」。

鋭いオーバースローから繰り出される速球。

映像越しでも分かる、空気を裂く音。

さらにーー縦に沈むフォーク。

打者の目前で、まるで“消える”ように落ちていく。


その瞬間、監督の手が止まった。

眉間に深い皺。眼鏡の奥で光が揺れる。


「……監督?」

オレが声をかける。

監督は短く息を吐き、眼鏡を外して額を押さえた。

「いや……なんでもない。少し目が疲れただけだ」

かすかに掠れた声。

ヒカル先輩も何かを察したように、目を細めた。

それでも監督は、言葉を続けなかった。

ただ静かに、スクリーンを見つめていた。

映像の中でレンが腕を振り下ろす。

風を切る音が、まるでこの部屋まで響いてくるようだった。

そのときーー監督の瞳の奥に、一瞬、影が走った。

何が引っかかったのか、オレには分からなかった。

けれど、あの時の監督の横顔がーー

なぜか心の奥に、焼きついて離れなかった。




この回では、「静かな対話の中にある緊張」を意識しました。

 神威岬高校の描写は、単なる強豪校ではなく――“環境を武器に変える者たち”として描いています。


 そして、監督・源頼和が見せた一瞬の迷い。

 あれは単なる体調ではなく、過去に背負った何かの伏線でもあります。

 次回、いよいよレンたちとの“準決勝”が開幕。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ