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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
甲子園編

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第43話 沖縄編 風の戻る瞬間 ③


甲子園準決勝、沖縄・青蘭高校戦。

スコアは0−1。追い風も、流れも、すべてが相手のもの。

だけど、タイチは“風の変化”に気づいていた。


止まった風が、また吹き始める。

信じる心が、仲間を動かす。


この試合が、煌桜学園にとってーーそしてタイチにとって、

「風を信じる物語の原点」となる



 試合は、わずか一点差。

 スコアは0ー1。

 時間だけが、じりじりと削れていく。


 沖縄・青蘭高校の応援が止まらない。

 スタンドから響く指笛と太鼓のリズムが、まるで心臓を叩くようだった。


 ーーそれでも、リュウジ先輩は崩れなかった。

 どんなに打たれても、汗を拭って次の球に集中する。

 まっすぐで、ひたむきな投球。


 その背中を見て、オレは気づいた。


 (……オレ、なにしてるんだろう)

 


 試合を見てるだけじゃ、何も変わらない。

 投げられないなら、別の形でチームを支えるしかない。


 オレはノートを取り出し、グラウンドを観察する。

 打球の跳ね方、風の流れ、土の荒れ具合。

 ーー何かがおかしい。そう思った瞬間、風が頬を掠めた。


 (……風が変わってる)


 ライトから吹いていた浜風が、今度はレフトへ向かって流れている。

 土の舞い方が違う。打球の角度も変わる。


 (つまり……これを“使えばいい”)





 6回裏。

 監督がベンチからこちらを見た。


 「タイチ、準備しろ。次から行くぞ」


 その言葉に、胸が跳ねた。

 ベンチから立ち上がり、ユニフォームの袖をぎゅっと握る。


 「行けるか?」

 「行きます!」


 リュウジ先輩がマウンドを降り、肩を叩いてくれた。

 「最後、頼んだぞ」

 「はい!」


 歓声が遠のく。

 マウンドの土を踏みしめた瞬間、風が頬を撫でた。


 (……吹いてる。なら、掴むだけだ)


 キャッチャーミットが構えられる。サインは――「スライダー」。

 オレは頷き、腕を振り抜いた。


 パァンッ!


 乾いた音。

 ボールは浜風に乗り、想定よりもわずかに沈み、打者のバットを空を切らせた。


 「ストライーク!」


 球場にどよめきが走る。

 監督が小さく笑っていた。

 「……あの風を、利用したか」





 七回表。攻撃の番だ。

 打順はオレから。


 相手ピッチャー・大工廻だいくまわりは、相変わらず無表情。

 だが同じ投手として見ていると、ほんのわずかな疲れが分かる。

 肩の動き、息づかい。静かな焦りが滲んでいた。


 (……風は、どっちだ?)


 オレは指を立てて、そっと横風の流れを感じ取る。

 (今ならーーいける)


 一球目。高め。

 二球目。外角低め。

 三球目ーーど真ん中。


 その瞬間、オレはバットを“叩きつける”ように振り下ろした。


 ゴッ!


 打球が地面に食い込み、強烈なバウンド。

 乾いた土が舞い、ボールは三塁手のグラブを弾いて外野へ転がった。


 「セーフ!」


 塁審の声と同時に、観客席がどよめく。

 それは偶然なんかじゃない。


 (……荒れたグラウンドを、利用したんだ)


 風が止まってミスを生んだなら、

 風が吹いた瞬間――オレたちが仕掛ける番だ。


 監督がベンチから低く呟く。

 「これが、甲子園の怖さだ。

  プロでもミスする。風と土が、勝敗を変える」


 その言葉に、全員が無言でうなずいた。





 ツーアウト一、三塁。

 打席はーーショート先輩。


 浜風がまた吹く。

 空は眩しいほどの青。

 あの日、止まった“風”がーー今、彼の背を押していた。



 (……俺はこれまで、ほとんどミスらしいミスをしてこなかった)

 (だから正直、動揺した。あの瞬間、何をすればいいか分からなかった)


 イレギュラーを責める声はなかった。

 でも、仲間の声が聞こえるたびに、自分の中の小さな声が囁く。

 ーーお前のせいだって。


 そんな時、ユーリ君が笑顔で手を握ってくれた。

 その瞬間、不思議と緊張が解けた。

 ユーリ君だって不安だろうに。

 それでも笑って、“風が吹く”って信じてくれた。


 ……だから、俺は自分に負けない。

 この一打でーーもう一度、仲間の風を吹かせてみせる。



 ピッチャーが振りかぶる。

 甲子園の空が、まるで息を飲むように静まり返った。


 渾身の一球――。

 白球が一直線に迫る。


 ショート先輩は、ほんのわずかに口角を上げた。

 その笑みは、恐れではなく“覚悟”の証。


 (もう迷わない。みんなの声が、ちゃんと届いてる)


 ゆっくりと、確かに、バットが振り抜かれる。


 カキィィィィンッ!!


 金属音が空気を裂いた。

 白球は浜風に乗り、ぐんぐんと伸びていく――センターオーバー!



---


 「いっけーーっ! ショート先輩ッ!!」

 

 タイチ君の叫びがベンチから飛ぶ。

 手すりを握る指が震えていた。


 「頑張れーー!! ショート先輩ーーっ!!」

 

 ユーリ君も立ち上がり、声を枯らして叫んだ。

 小柄な体を精いっぱいに伸ばしながら、全力の声援を送る。


 その声に、スタンドの煌桜応援団も呼応する。

 太鼓が鳴り、手拍子が波のように広がっていく。



 「ホームイン!!」


 スコア、2―1。逆転した。


 歓声が渦巻く中、ショート先輩とユーリが抱き合う。

 風が吹き抜け、砂が宙に舞う。


 その瞬間ーーオレは確かに感じた。

 

(風が、戻ってきた)



試合終了。


 スコアボードに光る「勝利」の文字。

 歓声が波のように広がって、甲子園の空に吸い込まれていく。


 浜風が、チーム全員の汗をやさしく撫でていった。

 心地よい風だ。まるで「よくやった」と背中を押してくれるみたいに。



---


 ユーリが振り返って、満面の笑みを浮かべた。


 「やっぱり、風は裏切らないですね!」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれる。


 「そうだな。……じいちゃん、見てるか。

  オレたちは、風を信じて勝ったよ」



---


 ――その時だった。


 「ユーリくーん、ありがとう♡」


 背後から、聞き慣れた声。

 次の瞬間、ショート先輩が満面の笑顔で飛びついてきた。


 「わあぁ、ショート先輩!? ちょ、ちょっと!」


 ユーリが慌てて腕を振りほどこうとするが、ショート先輩はさらに勢いを増す。


 「だってユーリくんの守備、最高だったんだもん♡ 

  この勝利は君のおかげだよぉ〜〜!」


 「や、やめてください! 人前でそんなこと言わないでっ!」


 あっという間にグラウンドの笑いをさらっていく二人。

 ベンチのレオが吹き出し、ヒロは呆れたように頭をかいていた。


 「まったく、あの人は試合後も自由だな……」


 そこへ、低い声が飛ぶ。


 「やめろ、ショート」


 振り返ると、腕を組んだリュウジ先輩が仁王立ち。

 冷静そのものの表情で、きっちり一言。


 「次の試合までにユーリが壊れたら、お前のせいだからな」


 「ひどっ! 俺はただ褒めてるだけなのに〜!」


 ショート先輩が唇を尖らせて肩をすくめると、

 チーム全員から笑い声が起こった。



---


 勝利の余韻。

 風が笑い声を運び、空はどこまでも高く晴れていた。


 オレは帽子のつばを軽く握りしめ、空を仰ぐ。


 (見てるか、じいちゃん……。

  この風は、オレたちの“信じた証”だ)


 浜風が頬を撫でた。

 それはまるで、あの日のキャッチボールの続きをしているような、

 優しい風だった。



 

青蘭戦、決着。

タイチたちは“風”を信じ、逆境の中で勝利を掴んだ。


土も、風も、仲間も、すべてが試練であり、力だった。

それは“野球”というスポーツの本質ーー「信頼」で繋がる瞬間。


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