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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチ始まりの章

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第6話 春風、最初の一歩①

孤独だった日々の先に、やっと吹いた“春風”。

この話は、タイチが「一人」から「二人」へと歩き出す、最初の一歩の物語です。

どんな人間にも、きっと“出会い”が運んでくる風があるーー

そんな想いで、読んでください。




 寮のミーティングルームには、すでに何人かが集まっていた。

メンバーは思っていたよりもずっと多かった。

新しい場所の空気はまだ少し硬くて、どこかぎこちない。小さなグループがいくつもできていて、笑い声が点々と散っている。


その中で、ひときわ勢いよくオレに向かって駆け寄ってくる影があった。


「よかったーっ! ねぇ、ボクのこと覚えてる!?」


「え、えっと……」


「だよね、覚えてないよね! でもボクは知ってるよ!」

「受験の時、君の後ろの席だったの! 顔見知りが誰もいなくて不安だったけど……君が来てくれて超うれしかったんだ! 」


まくしたてるように喋りながら、両手をぶんぶん振る彼。

その勢いに圧倒されつつ、オレはただ相槌を打つ。


「……そ、そうなんだ」


「うん! あ、ボク、ユーリって言うんだ。九品寺ユーリ。これからよろしくね!」


肩まで伸びた髪がふわりと揺れた。

透き通るような瞳がまっすぐこちらを見ていて、どこか放っておけない。

彼はオレの手をぎゅっと握ったまま、少し涙ぐんで笑っていた。


「わ、分かった。よろしくな、ユーリ」


その笑顔を見た瞬間、胸の奥がほんのり温かくなった。

(オレ、こういう距離感、初めてかもしれない)

窓の外では、春風がやさしく木々を揺らしていた。

その光が差し込み、机の上のペットボトルに小さな虹が浮かぶ。



「ねぇ、タイチ君ってピッチャーだよね?」


「え、あぁ。なんで分かった?」


「受験のとき、見てたんだ。なんか……背中がすごくまっすぐで、“投げる人の背中”って感じだったから」


「な、なんだそれ……!」

思わず笑って頭をかく。

けど、不思議と悪い気はしなかった。

風がカーテンを揺らすたび、虹がふわりと揺れて、二人の影が机に重なった。


(なんだろう。胸の奥が、少しだけ軽くなった気がする)


その時だった。


「……あれ? ユーリ、肩に何か……」

「えっ、な、なに!? まさか虫!? ひゃあああっ!!」

ユーリが飛び上がった。オレは反射的にその肩を払う。

小さな羽虫がひらりと床に落ちて、部屋の隅へ逃げていく。


「……まだいるっ!?」


「いや、いないいない! もう大丈夫だって!」


「む、虫はダメぇぇぇ!!」

叫びながら部屋の端まで全力疾走していくユーリ。

そのスピードに、周囲のざわめきが起きた。


「うお、なんだアイツ!?」

「はっや……!? 一年だよな?」


笑い混じりの声がいくつか上がる。

その中で、ひときわ落ち着いた低い声が響いた。


「……足、速いね〜〜」


声の主は、窓際のソファにだらりと腰かけていた長髪の男。

肩にかかる髪を指でくるくるといじりながら、目だけが面白そうに光っている。

気怠そうな仕草なのに、不思議と視線を奪われた。


「反応いいし、バランスも悪くない。……ああいうの、俺けっこう好きだな」


軽口のようでいて、どこか観察眼の鋭さを感じる声。

まるでグラウンドに立つ選手を見ているようだった。


(誰だろう、この人)


名前も知らない。

けれど、ひと目で分かった。

ただの見物人じゃないーーこの人も“風”の中にいる。


虫を逃がして窓を閉めると、ユーリが戻ってきた。


「タイチ君……ありがとう」


「タイチでいいよ」


「……うん。ありがとう、タイチ」

その笑顔が、春の光の中でふわりと輝いた。


(不思議だな……こんな日常の中に、“仲間になる瞬間”ってあるんだな)


窓の外では、吹き抜ける風がグラウンドの土をかすかに舞い上げていた。

その向こうーーまだ見ぬ仲間たちの影が、ぼんやりと重なっていく。

胸の奥が高鳴っていた。




それが、このチームのーー最初の“風”だった。


 


タイチにとって「最初の仲間」と出会う場面です。

孤独だった彼の心に、初めて“光”が差した瞬間。

ユーリとの出会いは、やがてタイチを変えていく大きな“風”の始まりになります。


あなたにも、そんな春風のような出会いがありますように。


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― 新着の感想 ―
序盤の孤独な修行編から、キャラが増えてきてワクワクしてきましたね!少年漫画のようで熱くなります!
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