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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
甲子園編

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58/80

番外編 じいちゃんの「虎の巻」

少し難しいけど、読むたびに「野球の音」が聴こえてくる。






【ゴロ】


「ゴロってのはなーー地を這う獣だ」


 ノートの最初の一行に、タイチは思わず息を呑んだ。

 打者が放った打球が地を噛み、土を裂き、低く走る。

 その姿は夜の黒豹。

 守備のわずかな“隙”を嗅ぎつけ、獲物のように塁を這い進む。





【引っ張る】


「紐を引く話じゃねぇ」


 右打者ならレフトへ、左打者ならライトへ。

 全身の力を片側へ叩きつける。

 “引っ張る”打球は、意志を持った閃光。

 真っ直ぐ、観客席へと突き抜ける光の矢。





【流し打ち】


 引っ張りの逆――だが、それは逃げではない。

 投手の球を受け流し、風のようにいなす。

 軽やかに、しなやかに。

 外野の守備を翻弄するその打球は、

 “風に溶ける技”と呼ばれる。



-


【芯】


「鉛筆じゃない」とノートは笑う。


 振動が一瞬で消えるーーそれが“芯”。

 音も、痛みも、衝撃も消える。

 ただ打球だけが、空を裂いていく。

 そのとき、観客の声すら止まる。





【詰まった】


 手元に近い音が鈍く響く。

 “カンッ”ではなく、“ゴスッ”。

 バットが悲鳴を上げ、ボールは失速する。

 打者の胸に焦りが走るその瞬間、

 グラウンド全体がため息をつく。



---


【敬遠】


 強打者を避ける勇気。

 塁を埋めてでも、チームを守る選択。

 それが“敬遠”。

 逃げではない。

 戦略だ。冷静な、勝利のための一歩。



-


【申告敬遠】


 四球を投げる必要はない。

 ベンチの一声で、歩かせられる時代になった。

 2018年、プロ野球から始まり、

 2020年には高校野球にも広がった。

 新しい時代の戦術。だがその裏で――

 “真っ向勝負”を望む者の拳は、静かに震えている。





【低反発バット】


 2024年春。高校野球は、新しい音を手に入れた。

 金属音ではなく、鈍く、重い“ドンッ”という衝撃。

 怪我を防ぎ、投打の均衡を保ち、

 そして投手の腕を守るための“進化”。

 “低反発バット”は、野球をより純粋に、

 人間らしい戦いへと導いた。





【DH制度】


 2026年、新たな役者が戦場に立つ。

 守備を捨て、打撃だけで勝負する男。

 Designated Hitter――指名打者。

 己の一振りで試合を動かす、攻撃の剣士。

 その背中は、勝利だけを見つめている。





【盗塁】


 塁間は18メートル。

 だが、その距離に“命”を懸ける者がいる。

 捕手の送球より早く、野手のグラブよりも先に――。

 走者は一瞬の稲妻となる。

 これが“盗塁”。

 時間の壁を超える、刹那の芸術。



-


【牽制】


 投手の視線は、蛇のようにランナーを締め付ける。

 「逃がさない」ーーそれは無言の宣告。

 アウトを取るためだけじゃない。

 心を揺さぶり、足を縛る。

 それが“牽制”。

 心理戦の極致。




【タイムリー】


 仲間が塁にいる。

 打てば勝つ。打てば泣ける。

 “タイムリー”とは、想いの連鎖。

 チームの祈りが、一打に集まる瞬間。

 その音が響いたとき、スタンドは爆発する。






【サイン】


 言葉を捨てた会話。

 監督の指先、捕手のまばたき。

 わずかな動きに、作戦のすべてが宿る。

 “盗む”ことは許されない。

 それは、野球における最大の禁術だからだ。




【右中間】


 宇宙ではない。

 ライトとセンターの狭間に広がる、夢と絶望の空白地帯。

 そこに飛ぶ打球は、守備の網をすり抜ける。

 試合を決するのは、たいていこの“右中間”だ。

 人生も同じ。ど真ん中じゃなく、“狭間”で勝負が決まる。





【変化球】


 ストレートだけが正義じゃない。

 カーブ、スライダー、フォーク……。

 投げ手の数だけ軌道があり、魂がある。

 ある者は言う。

 「真っすぐすら、もう一種の変化球だ」と。




 

野球の言葉は、すべてが「人の生き方」に通じている。

 逃げてもいい、詰まってもいい、たまには流してもいい。

 だけどーー“芯”で捉えたときだけ、何かが変わる。


 この「虎の巻」は、ただの技術書じゃない。

 じいちゃんが、タイチに残した「生き方の辞典」だ。


 風を掴む者へ。

 そして、野球をまだ信じているすべての人へ。


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