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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
甲子園編

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第40話 ライバルの受難 「待ってろよ、タイチ」

ーー久しぶりのライバル登場です。

 あの日を、少しだけ振り返ってみよう。



 

 


 名門私立・神威岬かむいみさき高校。

 全国でも指折りの野球強豪校だ。

 俺様はそこで“控え投手”として入部した。


 いつか必ずチームの柱になって、

 幼なじみの一条タイチと甲子園で投げ合う。

 それが俺様の夢ーーいや、“約束”だった。


 ……なのに、入部して一週間。

 夢より先に、胃がやられた。



 監督室に呼び出されたとき、嫌な予感はしていた。

机の上には湯気の立つコーヒー。

どこか疲れきった監督のため息が、部屋の空気を重くする。


「お前、今年入った一年の中じゃ一番まともだな」


「え、ありがとうございます? それ、褒め言葉っすよね?」


思わず聞き返すと、監督は口元だけで笑った。


「褒めてるよ。上の連中ともケンカせずにやれてるし、二年三年からも、お前にはよく相談が来てる」


「ああ、まあ……俺はちょっと聞いてるだけですよ」


「そういうのを“まとも”って言うんだよ」


監督は眉間を押さえながら、カップを置き直した。


「だがな。問題児が二人いる」


カフェインより効き目のありそうな一言に、背筋が伸びる。


「二人、ですか」


「ああ。九品寺 透里。無駄がないが冷たすぎる。

 味方にも容赦しない。練習試合でも平然と“今のは凡ミスだ”とか言い放つタイプだ」


「うわ……ガチガチですね、それ」


「もう一人、八木 栄兎。技術は天才的だが口が悪い。

 上級生にタメ口、顧問にため息、グラウンドに文句。まるで嵐だ」


「はいはい、つまり“爆弾”が二つと」


「そういうことだ」


監督は苦笑しながら、俺の肩をポンと叩いた。


「お前はあいつらの仲裁役だ。先輩たちも、お前なら間に入れると思ってる。頼むぞ、レン」


「……俺、いつから神威岬の保育士になったんですかね」


口ではぼやきつつも、断る気にはなれなかった。


このチームをまとめる役目が、自分に回ってくるのは分かっていたからだ。



 

そうして俺が面倒を見る羽目になったのが、

 二軍きっての“問題児コンビ”。


 ーー九品寺 透里トウリと、八木 栄兎エイト


 トウリは無口で、何を考えてるか分からない。

 エイトは逆に口が悪くて、誰にでも突っかかる。

 二人が並ぶと、火種と火薬を抱えたみたいなもんだ。



 ある日の守備練。

 トウリが難しい打球を軽々さばいて、ぽつりとつぶやく。


「……? これくらい、できるだろ。全く。もしお前が“ユーリ”なら……」


 “ユーリ”? 誰だそりゃ。

 その名を出した瞬間、トウリの表情がほんのわずかに揺れた。

 だが、すぐにいつもの冷静な顔へ戻る。


 次の瞬間、隣で送球を逸らした同級生に視線を向けた。


「今の何だ?」


 声は低く、静かだった。

 怒鳴らない。それが逆に怖い。


「ステップが甘い。腰が浮いてる。

 そんな守備で“神威岬”の名を背負う気か」


 言葉の端々に、鋭い棘があった。

 同級生の肩がびくりと震える。

 唇を噛みしめ、うつむいたまま何も言えない。



「泣くなら帰れ。ここは遊びじゃない」



 淡々と突き放す声。

 グラウンドの空気が一瞬で凍りつく。


 誰も動かない。誰も笑わない。

 ただ風の音だけが、耳に痛いほど響いた。


 その沈黙を破るように、エイトが大声を上げる。


「ったく、みんな弱すぎ! 相手になんねーなァ!」


 足をタンタンと鳴らす。

 挑発するようなその仕草が、さらに場の温度を下げた。


「おいエイト! もうちょい言葉、選べ!」


「ハァ? 事実っしょ?」


 舌を出して笑うエイト。

 トウリは沈黙、エイトは挑発。


 周りの空気がピリッと張りつめた。

 誰も声を出さず、グローブの革がきしむ音だけが響く。


「……なあ、レン。何とかしてくれよ」

「厳しすぎるよアイツら」


 その中で、控えの一人がぽつりとつぶやく。

 線の細い眼鏡越しに二人を見ながら、独特の抑揚で言った。


「ーー全く。なんなのだよ、彼らは」


 その一言が、妙にグラウンドに残った。

 苛立ちでも嘲笑でもない。

 純粋な“理解不能”という響きだけがそこにあった。


 俺様は小さくため息をつき、頭を抱えた。

 こめかみがズキリと痛む。


 ーーこの空気をどうにかできるのは、俺様しかいない。

 わかってるけど、胃がもたれる。

 


 春先の出来ごとだ。

 神威岬の練習試合の相手は、東京の名門ーー煌桜こうおう学園。

 少子化の時代に“野球復興”を掲げる学校だと聞いていた。


 ……けど、うちのチームは完全に油断していた。


「……地方の寄せ集めだろ」

「楽勝っしょ〜」


 そんな空気の中、トウリがバスを降りるなり勝手に走り出した。

 嫌な予感しかしない。



 グラウンドでは、トウリが相手選手と火花を散らしそうになっていた。

 その相手の顔を見た瞬間ーー息が止まった。


 (……え、まさか)


 声が出ない。

 でも、その背中のライン、帽子の角度、

 何よりもその真っ直ぐな闘志を宿した瞳。


 間違えるはずがない。


「……レン、だろ?」


 振り返ったその声。

 低くなってるけど、懐かしい声だった。


「タイチ……!?」


 言葉が続かない。

 目の前にいるのは、幼いころ毎日キャッチボールをした相棒。

 背は伸びて、顔つきは大人びた。

 




そしてーータイチのチームには、トウリと瓜二つの選手がいた。

 ……あれが、双子の弟か。


 トウリはぽつりと「……久しぶりだな」と言い、

 弟は怯えたように目をそらす。


 沈黙。張り詰めた空気。

 その空気を壊すように、エイトが言い放った。


「うわ、設備しょぼっ。んで、そいつが九品寺の落ちこぼれ?」


「バカ! やめろって!!」


 俺は即座に止めた。

 頼む、勘弁してくれよ……!



試合が始まっても、うちは完全に油断していた。

 ベンチの陰で、エイトが吐き捨てるように言う。


「レン、見てみろよ。マウンド、傾いてんぞ。

 ベースの白線も薄い。

 ……こんなんで“名門”とか、貧乏くせぇよな」


「……エイト」


「うちはAIピッチ解析もある。

 ドーム練習場も完備。

 でも、あいつらは声と根性。時代遅れすぎる」


 俺は、何も返せなかった。

 視線の先で、タイチが泥だらけでボールを投げていた。

 汗まみれでも、まっすぐな笑顔。


 ……その姿を見ていると、胸がざわついた。


「なぁ、エイト。

 それでも、あいつは楽しそうだ」


 エイトは何も言わず、足をタンタンとしている。

 トウリはベンチの隅で無言のまま、

 ただ弟の姿を見つめ続けていた。



 試合終盤。

 昼の風が吹くがグラウンドに吹く。


 マウンドには、タイチ。

 俺は打席に立つ。


 視線が交わる。

 あの頃と同じーーいや、もっと真っすぐな目だった。


 タイチが首を横に振る。サイン拒否。

 ……分かった。次は、ストレートだな。


 息を吸い、全身の力を込めて振り抜く。


 「――キィィィィィン!!」


 打球が高く舞い、空を裂いた。

 スタンドの向こうへ吸い込まれていく。


 タイチが驚いた顔を見せ、

 そして、悔しそうに笑った。


 胸が震えた。


(――これだ。これが、俺たちの野球だ)



---


 試合は6対2で敗北。

 でも、俺はタイチから一発をもぎ取った。




「タイチ、今日はうちの奴らが悪かった。……でも、俺はお前から打ったぜ!」

「ガキの頃からずっと、お前に勝ちたかった。

 次はチームごと勝つ。絶対にな!」


 タイチは少し驚いたように笑って、

 真剣な目で手を差し出した。


 がっしりと握り合う。

 その手の熱が、心の奥に焼きついた。



帰りのバスの中は暗かった。


「次は勝つぞ。上を目指す。リベンジだ!」


 トウリは窓の外を見たまま、「……当然」。

 エイトは拳を握りしめ、「当たり前だッ!!」と吠える。


 でも、その拳はほんの少し震えていた。

 隣で、エイトが小さくうつむいている。


 気づけばーーあいつ、泣いてた。

 トウリの表情は見えなかったけど、

 その声は確かに震えていた。


 ……まったく。

 手のかかる奴らだよ、ほんとに。


 だけど、悪くない。

 このチームなら、まだ戦える。


 そしていつか、またーーあのマウンドで。


「待ってろよ、タイチ」




 俺様の物語は、まだ始まったばかりだ


全国でも指折りの強豪校。

 だがここで待っていたのは、才能とプライドのぶつかり合い、

 そして二人の“問題児”との出会いだった。


 トウリ。エイト。

 こいつらとの毎日は、正直、胃に悪い。

 ……けど、悪くない。

 このチームにも、風が吹き始めてる。


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