第39話 大阪大会編⑤ たこ焼きの約束と、お好み焼きの予感
――試合終了を知らせるサイレンが鳴った。
オレたちはお互いに抱き合い、握手を交わし、それぞれのベンチへ戻ろうとしていた。
「悔しいけど仕方あらへんなぁ」
相手選手は泣き出しそうな顔をこらえていた。
勝負の世界に“仕方ない”なんて言葉はない。
けど、勝ったオレたちが泣くのは違う。
胸を張らなきゃ。
そう思いながら、しっかりと手を握り返した。
その時ーーヒロが相手選手に声をかけた。
「今度会ったら、美味しいたこ焼き屋、教えてな」
……は?
オレは思わず目を丸くした。
相手選手は一瞬ぽかんとしてーー次の瞬間、笑った。
「あはは、なんや君、おもろいなぁ。ほな、また来年な!」
その背中を見送りながら、オレは思った。
ーーあれ、多分、ヒロなりの“再戦の約束”だ。
その夜。
チームで予約していたホテルに着き、夕食を終えたあと。
部屋に戻ると、消灯まで少し時間があったから、
オレたちは今日の試合の話で盛り上がった。
「それにしても、あの場面でセーフティバント決めたのはすごかったよ、ユーリ!」
オレが言うと、ユーリは顔を真っ赤にして指をもじもじさせた。
「そ、そんな……あれは自分でもびっくりしたよ。
でも、後ろでみんなが応援してくれてたから……勇気、出せたんだ。
あと、先にレオが塁にいたからーーかな」
その横で、レオが顎に手を当て、どや顔で立ち上がる。
「フッ……俺の存在感が相手をひるませたのだ。
そして、“同士”も見事だったじゃないか」
そう言ってヒロを指さした。
でもヒロは腕を組み何かを考えているようだ。
「ん? 何だレオ。今、たこ焼きのこと考えてた」
「お前、折角レオがいいこと話したのに!」
オレとレオが同時にツッコむ。
笑いが部屋中に弾けた。
ーーしばらくして
「……ヒロ、それ、どこで買ってきたんだ?」
ヒロは口をもぐもぐさせながら、悪びれもせず答えた。
「勝ったご褒美!胃袋で祝勝会中だ」
「こら、いつの間に! ズルいぞ、俺にもよこせ!」
「ボクも食べたいなぁ……ねっ、ひとつちょうだい?」
オレとユーリが同時に手を伸ばすと、
ヒロは目をまん丸にして、たこ焼きを両手でかばった。
「ちょっ、待って! 数が……! いや、ソース熱っ!」
あたふたするヒロに、レオが肩をすくめてため息をつく。
「まったく……君という男は、試合中も試合後も胃が中心だな」
「だって、腹減ったら思考止まるもん。……あっつ!」
思わず舌を出しながらも、ヒロは笑っていた。
その笑顔に、思わずみんなもつられて笑う。
ソースの香りがふわりと漂い、湯気の向こうでヒロが言った。
「……こんどはお好み焼き、食べようかな」
「お前、食べる話しかしねぇな!」
全員の笑いが一斉に弾けた。
それはまるで、試合の熱をそのまま閉じ込めた“夜の打ち上げ”みたいだった。
そのあとは、相手エースの話題になった。
「すごかったよな、相手エース……」
天井を見上げオレは呟く。
「フッ、まるで変幻自在の魔術師だったな……」
レオが呟くと、全員が静かにうなずいた。
二回裏、オレとレオとユーリでなんとか一点は取れた。
でも、その後は完全に沈黙。
誰もあの投手を攻略できなかった。
レオの話す通り正に(魔術師)だった。
「オレもスライダーは投げられるけど……
もっと多彩な球を覚えなきゃな」
“虎の巻”にも書いてある。
けど、実際にやってみると全然うまくいかない。
今度、変化球が得意なリュウジ先輩に相談してみよう。
そう心に決めて、オレはベッドに潜り込んだ。
消灯の直前まで、
笑い声とソースの匂いが、ほのかに残っていた。
ーー翌朝。
食堂に置かれた新聞の見出しを見て、オレの目が釘づけになった。
『神威岬高校 二回戦進出! 昨年の優勝校を撃破!!』
「マジかよ……!?」
手に取った新聞の紙面には、見覚えのある名前があった。
『背番号10・明智選手、先発完投!』
練習試合ではレフトを守ってたのにーー
まさかレンが、あのマウンドに立っているなんて。
『オーバースローから繰り出される剛速球! 相手打線をねじ伏せる!!』
指先が震えた。
心臓が、ドクン、と鳴る。
(いつか……いや、もうすぐ。
あいつとーーレンと、同じマウンドで戦えるかもしれない)
そう思うだけで、胸の奥が熱くなる。
再戦のワクワクが、止まらなかった。
【虎の巻・第六章 球の“癖”を見抜け】
投手が放つ球は、ひとつとして同じものはない。
リリースの瞬間、指の角度・力の入り方・腕の振り――
その一瞬に、その人の“癖”が現れる。
たとえば今回登場した切崎投手。
彼のフォークボールは、人差し指の動きがわずかに遅れる。
この“置き去り”の一瞬が、落差の大きな変化を生む。
だが、同時にその癖こそが攻略の糸口となる。
球種には、それぞれ目的がある。
- フォーク:打者の目線を外し、空振りを誘う“落ちる球”。
- シンカー:横+下への沈みでゴロを狙う“狡猾な球”。
- スローカーブ:タイミングを奪う“緩急の罠”。
- ツーシーム:芯を外して凡打に仕留める“実戦の剣”。
これらはただの技術ではない。
投手の“意志”そのものだ。
そして、それを見抜くのが“風を読む者”の仕事。
球を見るな。空気の変化を感じろ。
そこに、勝利への兆しがある。




