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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
甲子園編

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第37話 大阪大会編③ 風を掴む瞬間

ーー夢の舞台、甲子園。

 少年の頃、テレビの向こうで見ていたその場所に、いま自分が立っている。

 だけど、それはゴールなんかじゃない。

 ここから始まる新しい“物語”の第一歩だ。


 誰かのために投げるんじゃない。

 自分の信じる“風”を、この手で掴み取るために




 オレの心臓は、爆発しそうなほど速く打っていた。


 夏の日差しが、容赦なく照りつける。

 グラウンドの土が焼ける匂い。

 観客席のざわめきが、遠く波のように押し寄せてくる。


 ーー甲子園、初のマウンド。


 監督の言葉が胸の奥で響いた。


 『お前なら大丈夫だ』


 だからーーいける。


 帽子のつばを軽く握り、息を整える。


 ヒカル先輩のサインは、スライダー。

 キャッチャーマスク越しに見えるその笑顔が、不思議とオレを落ち着かせてくれる。


 (練習して、ようやくものにできたこの球を……見せるんだ)





 振りかぶり、全身で“風”を感じ取る。


 パァンッ!


 ミットに吸い込まれた瞬間、鋭い乾いた音が球場に響いた。


 相手バッターは、目を見開いて固まっている。


「……えっ?」


 どよめきが走る。

 観客の空気が、ひと呼吸で変わったのがわかる。


 (今の……入った!)


 続いてもう一球、スライダー。

 鋭く沈む。バットが空を切る。


 最後はーーストレート。


 全身の力を込めて、風を貫くように腕を振り抜いた。


 スパァン!


 三振。


 審判の右腕が高々と上がると同時に、球場が爆発した。





「何だ!? 今の球!」

「早くて見えんかったぞ!」


 スタンドの声が波のように押し寄せる。

 風が、オレの頬を撫でた。


 胸の奥が熱くなる。

 目の前の光景が、少し滲んで見えた。


 (やった……やったぞ、じいちゃん)


 心の中で、そっとつぶやく。

 甲子園の風が、オレの指先を包み込んでいた。




 ベンチに戻ると、仲間たちが一斉に立ち上がった。


「ナイスピッチ!」「すごいじゃんタイチ!」


 ヒロが笑いながらバットを肩にかける。


「やるじゃないか、タイチ。あのスライダー……まるで風の刃だ」


「風の刃……?」

 思わず笑ってしまう。


 ユーリが目を輝かせて言った。

「すごいよタイチ! ボク、感動した!」


 レオがドヤ顔で腕を組む。

「ふっ、これが“煌桜の風”だな」


「名付けたの自分じゃん……!」

 ユーリが吹き出す。


 ヒロも後ろから声を上げた。

「じゃあ次は“風まんじゅう”でいこうぜ、レオ!」


「誰がまんじゅうだ!」


ベンチに笑いが広がる。

 その中心で、オレは空を見上げていた。


 (これが、じいちゃんの見た景色か)


 風が頬を撫で、夏の空がゆらぐ。

 でも、まだーー終わりじゃない。


 この風を、もっと遠くへ。

 甲子園の、その先へ。


 そして次の回、

 打席に立つのはーー“漆黒の獅子神”こと四宮レオ。


 誰もが予想しなかった、あの一打が生まれる



あとがき

 【虎の巻・第五章抜粋】

 ーー“甲子園の風”とは、何か。


 それは技術でも才能でもない。

 仲間と積み重ねた日々、そして信じ抜く勇気がつくり出す“流れ”のこと。


 どんな強豪を相手にしても、恐れることはない。

 己の風を信じろ。

 風は目には見えぬが、確かに“背中”を押してくれる。


 そして忘れるな。

 風は“ひとり”では吹かない。

 仲間と共にある時、はじめて追い風となるのだ。


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